サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

物書き志望です。
第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過
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リアルの古代中国史を参考にした架空興亡記です。
よかったらクリックして読んでやってくださいね。
「庸滅亡」http://ncode.syosetu.com/n7549cw/

「のうりん」がFC岐阜とコラボか。
そういえば「のうりん」の舞台は岐阜だった(笑)。
岐阜も明智光秀が叛乱をおこさなかったら、
もしかしたら現代でも日本の首都だったかもしれないからなあ。
いや、それは関係ないけども(笑)。

なんにせよ、ご当地アニメが増えてきて、
その分こういうコラボが出来てくると、
どっちのジャンルもファンである人間としてはうれしい(笑)。
FC東京も最近アニメとコラボしたしな。
東京がというよりモリゲ(森重)個人がだけども(笑)。
おでんくんとクリソツということで(笑)。

まあ東京が本気でアニメとコラボしようと思ったら、
それこそ全試合違う作品と出来てしまうほどだろうな(苦笑い)。
パッと思いつくだけでも、ドラえもん、サザエさん、こち亀と、
いきなり大御所を持ってこられる(笑)。
最近ので考えても、とあるシリーズもいけるし、ハヤテもいけるか。
そうそう忘れちゃいけない最聖コンビ(笑)。
マイナーどころでは我らが江東区の恋と選挙とチョコレートもある(笑)。
あとシティハンターもいけるか。
東京というより新宿区だけでかなりの数がいけるかもしれないな。
あと意外と練馬区が多い気がする(笑)。
あ、それとテニプリも入れていい?(笑)

でもご当地アニメが増えてきたってことは、
その分東京が舞台の作品が減ってきたということで、
ここでもドーナツ化現象が進んできてるんだな。
ぼくは東京を首都だから好きというより故郷として好きだから、
それでも好きな気持ちに変わりはないけれど、
それだけにより力をこめて好きと考えないといけないな。


個人的にご当地アニメ(&ハーレムアニメ(笑))の走りといえば
「天地無用!」を思い出しちゃうけど、さすがに旬もずいぶん過ぎてるし、
ファジアーノとのコラボは無理があるだろうなあ。
舞台から登場人物の名前から、本当に岡山づくしなんだけど。
登場人物のほとんどは宇宙人だけど(笑)。

ぼくも日本人である限り(笑)、サザエさんは子供の頃からずっと観てましたが、
でも中学生くらいからは観なくなってたんですよね。
でも2、3年前からちょっと気が向いてまた観始めまして。

20年以上観てないと、基本は変わらずとも細部はちょこちょこ変わっている。
中でもぼく的に一番変わったなと感じたのは、早川さんと堀川くんの立ち位置(笑)。

ぼくの記憶では、カツオのクラスメートで一番のかわい子ちゃん(死語(笑))はカオリちゃんで、
早川さんは二番手というか、カオリちゃんと花沢さんに挟まれて、
「名前のついた扱いのいいモブ」という印象でした(スマン(照))。
でも今は、早川さんの方がカオリちゃんよりいい位置に立っている(笑)。
カツオが気を引こうとするのもほとんど早川さんが対象になってて、
以前の早川さんの位置にカオリちゃんがいる感じだ。
なんでこういう設定変更があったのかはわからないけど、
カオリちゃんほど派手さはないがそれが逆に好感につながってる、みたいな理由なのかな。


堀川くんの方も「名前がついているワカメのクラスメート」くらいだったのが、
今はなにかと出番が多い。
キャラ的にも「なんかKY」という、使いやすい設定が付加されている(笑)。


これからもスマホやPCが出てくることはないんだろうけど、でも細かな変化は楽しいかもな。

空港での日本代表を出迎えた時のファンの反応で一部が盛り上がっているようだけど、
自分がその場にいてもたぶん罵声を浴びせるようなことはなかっただろうな。
これはべつに空港で出迎える時だけでなく、スタジアムでも最近はその傾向はある。
ネット上でもぼくだけでなく、いろんな人がただ批判するという向きは少なくなってきているように見えます。

この状況は「甘い! そんなだから勝てないんだ!」と非難される面もあるだろうとは思うんだけど、
当事者としてはそう単純な心情や理由でもないんですよ。
数年、十数年とサッカーの応援に関わってきて蓄積されてきたものだからね。
単純ではないと書いたけど、あえて単純に言えば
「選手にどうこう言えるほどのものがおれたちにあるのか」
「じゃあお前がやってみろと言われて出来ないことには敬意と畏れを忘れないようにしなければ」
ということ。

サッカーに限らないけどプロ選手はそりゃあすごい。
才能があるんだから当たり前だなんてのは選手に対してすごく失礼だろう。
確かにプロに入るような選手には、個人差はあれど才能はあって当たり前だけど、
そこにどれだけのものを上積みしてきたかは選手によってまったく変わる。
その「上積み」の部分は努力とか根性とか挫折や恐怖を乗り越える精神力とか、
とにかく一つでは言い切れず、そこに天から与えられた「才能」の入る余地はまったくなく、
ぼくら凡人と変わることはない。

ひるがえって我が身を見てみると、才能は置いておいて、
選手たちが積み重ねたものに比べ、自分の上積みはどの程度のものか。
積み重ねてきたものの多寡は才能とはまったく関係なく、
その人が人生をどう生きてきたかに直結します。
ぼくは正直、比べることすら恥ずかしいです(苦笑い)。
たとえ好きなことであっても、仕事にして、
すさまじいまでのプレッシャーの中で絶えずプレーの内容や結果を求められている状況では、
決して「ただ好きなこと」とは言えないでしょう。
そしてぼく自身、自分の好きなことに対してすら、
選手たちほどに積み重ねていると言い切ることは難しい。
言い切ってもいいかもしれないという自負もないわけではないけど、
結果を出していないという点では雲泥の差があり、
それだけでも選手には遠く及ばないのを自覚しています。

また「仕事」とも書きましたが、
「仕事(プロ)なんだから結果を出せなかったらボロクソ言われるのは当然だろう!」
という意見もあり、それは正しくはあるかもしれない。
だけどここでまた自らを振り返る。
自分は今の仕事でそこまで結果を出しているだろうか?
そして結果を出していない時に、そこまでボロクソに無能者扱いされたことがあるだろうか?
「選手と違って自分の好きなことを仕事にしているわけじゃないから仕方ないじゃないか」というのなら、
それはプロとして仕事をしている人たちに偉そうに何か言える資格を持ってる人ではない。

たとえサラリーマンだろうがアルバイトだろうが、好きな仕事だろうがそうじゃなかろうが、
仕事をして金をもらっている以上プロであることに変わりはない。
そして仕事そのものに対しては、手抜きは論外で、
ミスしないため限界ギリギリまで神経を使い、
成果を出すため持ってる技術を余すことなく出し切り、
仕事が終わった後は疲労困憊してぶっ倒れてしまうほど全力を傾ける。
しかも技術は常に磨き続け、向上させていかなければならない。
そんな姿勢で今の仕事をこなしている人がどれだけいるか。
正直ぼくは、とても恥ずかしいですがここまではやれてないです。

が、選手はやっている。
個人差はあるだろうけど、
プロチームに所属している選手は全員やっているでしょう。
まして代表に入るほどの選手なら、
ぼくが想像する以上のことを24時間365日繰り返し続けていると思います。
それも昨日今日の話ではなく、それこそ十何年も。
そんな相手に上から目線で偉そうにがなり立てるなんて、
多少なりとも客観性をもって自分を見られる人間なら、
とてもじゃないけど恥ずかしくて出来ないですよ。



そうは言っても明らかに日本より実績を残している海外はこうなんだから、
という人もいるかもしれない。
でもそれは、単に日本より先に始めて、
しかも力を入れ続けていたからだけかもしれない。
他のスポーツで見てみれば、野球で日本に勝てる欧州の国はまず存在しないし、
仮に一回や二回負けたとしても、全体的な力量差が簡単にひっくり返ることはなく、
これはサッカーの日本と海外の関係と同じだ。
「だから野球で強くなるためには日本と同じやり方をしなければ」
と海外の国が無批判に無思慮に無分別に日本のやり方を取り入れはじめたら、
「それはちょっと」と当の日本人でも思うんじゃないでしょうか。


「海外がこうだから」で思考停止して無条件に採り入れるのではなく、
これについては何を目的としているのか、
それは日本に必要なものか、
必要だとしてそのまま採り入れて効果があるのか、
効果がないか薄いとしたらどう作り替えたらいいのか、等、内容そのものをもっと深く吟味していく必要がある。
そもそも同じことを後追いで繰り返しても、
追い抜くどころか追いつくことすら難しいかもしれない。

サッカーの強化レースをぼくはロッククライミングでイメージしてますが、
海外が通ったルートは、自分たちが登りやすいルートを
長年の試行錯誤の末見つけてきたんだろうと思っています。
確かにそのルートはおおむね日本や他の国にも通用するものだろうけど、
もしかしたらその横には、日本に向いていて、
しかも日本にしか登れないルートがあるかもしれないとも考えています。
体重が軽く、俊敏性のある日本人じゃないとつかめないとっかかりがあったり、
日本人の気質や発想でなければ見えないルート、通れないルートがあるかもしれない。
それはプレーやチーム、選手の強化方法だけじゃなく、
サポーターの選手、監督、フロント、協会、審判、その他もろもろに対する態度、
応援の仕方、つきあい方という要素も含まれるかもしれない。

海外のサポーターは選手に厳しく当たるというけど、
気質として厳しくしか当たれないという面もあるはずで、
それが必ずしもプラスに働いているとは限らない。
選手だって本当は、
何かというとブーイングと非難しかしてこないサポーターに辟易しているかもしれない。
それに反論しないのは、やはりお客さんだから。

一緒に戦ってるというのなら、強くなるためにギャンギャン非難することが必要だというのなら、
選手たちからぼくらに対する非難も許されるべきでしょう。
選手同士が言い合うのが良い効果を生むのは、互いが同じピッチに立って、
同じ責任を負い、責任を果たせるだけの力が相手にあると認めているからだと思います。
だけど責任も負わず、能力もあるとは言えない選手ががなり立ててきたら、
言われた選手もそりゃキレるんじゃないでしょうか。

試合中はさすがにほとんど見かけないけど、
試合が終わった後、味方の選手同士でつかみ合いの喧嘩を見かけることがたまにあり、
あれは駄目だとされることも多い。
だけど罵声を浴びせるサポーターと選手の関係ってあれに近いように感じます。
それが喧嘩に発展しないのは、選手が言われるままになっているからに過ぎません。
仮に選手が言い返してきたら、もうどうしようもなく収拾がつかなくなるでしょう。
ギャンギャン言うサポーターは自分が完璧で、
言われる余地はないと思いこんでるからそうなるわけで、
多少の客観性があればシロウトの自分たちが完璧だなんて思えるはずがない。

ピッチに立ったこともない、特にプロのピッチに立ったことのない、
「現場」を知らないのがぼくらです。
まして代表の、ワールドカップ本大会のピッチに立ったことがある人なんて、
一握りどころか「一つまみ」でしかないでしょう。
自分の職場に、
現場経験は一度もないのに知識ばっかりある(それも蘊蓄レベル)上司がやってきて、
何年も現場で働いている自分たちに対し、ああしろこうしろ、あれは駄目それは駄目、
いいから黙って俺の言う通りにしろ、と上から目線でガチャガチャ口出ししてきたら
「アホかコイツは」と心から腹を立てるんじゃないでしょうか。
ぼくの感覚ではこの手のファンやサポーターは
「おれは金出してるんだぞ!」と現場に口を出してくる迷惑オーナーと
同レベルだと思ってるんですけどね(苦笑い)。



かといって、選手に対して賞賛ばかり送っていればいいのかというと、
これはやはり違うとぼくも思います。
ただ「勝ったから賞賛、負けたから非難」という短絡思考からは脱したいと考える人や、
聞きかじっただけで現場も知らない浅薄なサッカー知識で、
専門家である監督や選手を非難する恥ずかしい行為は控えたいという人、
そして無責任で絶対安全な場所にいる自分が
責任を負ってプレーやチーム作りをしている選手や監督を非難するという許されない行為を、
それでもするとすればどういう方法を取ればいいのかを模索しはじめた人が出てきたというのは感じています。

ピッチ上のサッカーは日本特有のものを作りだそうとしているのだから、
応援の仕方も日本特有のものを作りだそうとするのも悪くない。
それが見つけられるかはわからないし、
見つけられたとしても完璧なものたりえるかもわからない。
その時は完璧なものを作り上げられたとしても、
時代の移り変わりとともに完璧ではなくなっていくかもしれない。

今は過渡期。そしていつもいつまでも過渡期。
ピッチ内もサッカーが続く限りいつまでも進歩を続けていく。
当然ピッチ外もそうだし、その方法を考え続けていく人が、最も尊い。
そう思います。

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