サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

物書き志望です。
第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過
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リアルの古代中国史を参考にした架空興亡記です。
よかったらクリックして読んでやってくださいね。
「庸滅亡」http://ncode.syosetu.com/n7549cw/





竹書房の「本当にあった愉快な話」という雑誌に連載されている作品。
この雑誌は読んでなかったので知らなかったんですが
図書館で偶然単行本を見つけて存在を知りました。
「まいっちんぐマチコ先生」のえびはら武司先生が、
藤子不二雄先生のアシスタントをしていた頃のエピソードを描いたマンガです。
ぼくはえびはら先生が藤子先生のアシスタントだったことも知らなくて申し訳ないんですが(汗)、マンガに描かれているエピソードの時期が、
ぼくが「ドラえもん」に思い切りハマっていた頃より少し前と重なるので、
いろいろ趣深かったです(笑)。


ネタバレ入ります。


えびはら先生がアシスタントをしていたのは1973年~1975年の二年間。
藤子不二雄先生が新宿にある「藤子スタジオ」という事務所でお仕事をなさっていた時期。
当時はもう合作はほとんどなさらず、別々にマンガを描いてらっしゃいます。
ただぼくらにしてみると(特に子供の頃は)「藤子不二雄=二人で一人」という感覚が強く、
えびはら先生もはじめてアシスタントとして藤子スタジオに来たとき、
藤本先生と我孫子先生が別々に仕事をしてらっしゃるのを見て、
ちょっとガッカリしたと描いていました(笑)。


藤子スタジオからは、ファンレターの返事として年賀状も送ってくれていました。
なんとファンレターくれた人全員に!
藤子キャラが印刷されたハガキですが、当時はパソコンもなかったため、
宛名は先生やアシスタントさんが仕事の合間を縫って、自分で書いてらっしゃったそうです。
その数3千枚以上!


実はかくいうワタシも、そのハガキをもらったことがあります(照)。
えびはら先生が藤子スタジオを卒業して何年も経ってからのことだけど、
人生で初めて書いたファンレターは藤子先生へのものでした(笑)。
ドラえもんの「あの日あの時あのダルマ」を読んでボロ泣きして、
書かずにはいられなかったのを覚えてます。
たぶんもう小学校低学年くらいだったと思うけど、
フィクションで感動のあまりボロ泣きしたのは、あれが初めてだったな。
いやあ、ファンレターの返事のハガキ、めっちゃうれしかったなあ。
まだどこかにあるかもしれない。


あと偶然ですが、最近とある場所で、
我孫子先生のまんが道続編「愛…しりそめし頃に…」を全巻読破していまして、
それを読み終えたところでこのマンガを見かけたため、
さらなる偶然が重なり、にわかに藤子不二雄先生がマイブームになっています(笑)。

そしてこのマンガを読んでるところでこういう記事に出会うところも、
また偶然というか運命的だ(笑)。


で、「まんが道」でも描かれてほぼ伝説化している
「足塚不二雄・原稿総落とし事件」(足塚不二雄は藤子先生の前のペンネーム)。
先生たちが駆け出しの頃、まだ自分たちのペースがつかめないまま仕事を引き受けすぎ、
ちょっとのつもりで帰省したら思い切り気が抜けてほとんど仕事ができなくなり、
受けていた原稿をすべて落としてしまったため、
マンガ家生命が絶たれかねなかった大事件です。


これは本当に恐怖だったらしく、
「愛…しりそめし頃に…」でも何度も回想シーンとして描かれています。
はじめて読む読者のために繰り返しているというのもあるだろうけど、
これだけ頻繁に出てくるところを見ると、
我孫子先生にとってとてつもなく恐ろしかった体験なんでしょう。


で、このマンガによると、これは藤本先生にとってもマンガ家人生で一番の恐怖だったそうで、
本当に藤子不二雄最大の危機だったんだなあと、あらためて感じ入ります。


その恐怖はずっと続いていたらしく、
仕事場にあるスケジュールボードにも如実に現れています。
藤子スタジオのスケジュールボードには、
我孫子先生の予定しか書かれていなかったそうです。
我孫子先生はそれを見て〆切を厳守していたようですが、
なぜ藤本先生のスケジュールが書かれていなかったというと、
目に付くところに〆切予定が書かれていると、
ものすごいプレッシャーで仕事どころじゃなかったからだそうです(苦笑い)。
お二人の個性の違いもありますが、「〆切は絶対守る」という不文律は、
先生たちの心にトラウマになって刻みつけられたようでした。

ラジコンを買ってやりたい!
おいしいご飯を食べたい!
ゆったりした気持ちでのんびりすごしたい!
旅がしたい! 温泉旅館などの国内旅行や、エーゲ海や北欧への海外旅行!

いまやりたいことを思いつくままに書き殴ってみたが、
たったこれだけしか思いつけず、
たったこれだけのこともできない自分に少し自嘲した気分になってしまうよ(苦笑い)。

もっともっともっと、人の役に立つことと楽しいことをしたいよ。




久しぶりに故・みず谷なおき先生の「人類ネコ科」を読みました。
増刊少年サンデーで1985年~86年に連載されていたラブコメですが、
あらためて感じましたね。
なにこの完成度の高さ!


ぼくは絵の上手い下手は全然わかりませんが、
おそらくこの人は「上手い」と言い切っていいんじゃないでしょうか。
絵柄は萌え系ではあるけれど、なんというか、
「上手く見せる描き方」というのと一線を画す、
圧倒的な基礎力の高さが素人にも伝わってくる。


最近で言うと「To LOVEる -とらぶる-」かな。
矢吹健太朗先生の絵は、
ただエッチというだけじゃなく基礎の画力の高さが、
ただエッチな絵を描くだけの人とまったく違う。
普通にデッサンを見せてもらったら、たぶんよりハッキリする。
そしてそれはみず谷先生にも言える。


ストーリーや展開は王道で新鮮味はないかもしれないが、
古さはほとんど感じられない。
舞奈も、それこそ圧倒的にかわいく(3巻では少々ぶっ飛んでたが(笑))、
今の10代20代も撃沈されてしまうんじゃないかな(笑)。
ちょいちょい言い回しとか、
社会常識とか考え方とかが今とズレるところはあるかもしれないが、
そこはさすがに仕方がない。
あとゲームなどの小道具もちょっとね(笑)。
ファミコンのディスクシステムですよ、スーファミ以前ですよ、
任天堂が世界帝国を築いてた頃ですよ(笑)。


そんなわけでこれほどの作品、今でも通用するのを確認したい気持ちもあるため、
ニコニコ静画あたりで「連載」として、
1話ずつ一週間や一ヶ月ごとにアップしてくれないかなあ。
いろんな意味で衝撃を受ける若い衆が続出すると思うんだが(笑)。
そこで人気が出れば単行本再販までいけて、小学館も儲けられるし(笑)。
それにぼくらとしては、みず谷なおきというマンガ家を、
若い衆に認知してもらえてうれしいし。


あわよくば「ブラッディエンジェルズ」もいってほしいし、
なにより「ジェミニストリート」を読みたい。
でもこれは、先生に許可が得られないから難しいかなあ。
「単行本化はしない」ということだけど
「ネットにアップはしない」とは言われていない。
というのは、少々詭弁がすぎるだろうか(苦笑い)。

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