サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

物書き志望です。
第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過
suntu501@excite.co.jp

リアルの古代中国史を参考にした架空興亡記です。
よかったらクリックして読んでやってくださいね。
「庸滅亡」http://ncode.syosetu.com/n7549cw/
「四層時代」https://ncode.syosetu.com/n1196eh/

今日の「ゆうがたパラダイス 三森すずことアニソンパラダイス」は
http://www.nhk.or.jp/yupara/tue.html
「“あき” が来ないアニメ特集!!」(秋と飽きをかけている)ということでリスナーからメールを募っていたけど、
だいたいが現在進行形の作品ばかりで、
本当に飽きがこないかどうかを確かめるには時間が足りないかなあ。
名前が挙がってた作品では涼宮ハルヒがせいぜい10年前くらいだけど、
それでも足りないからね。


とはいえ、リスナーの年齢層は中高生が中心で、
これらの作品が最も多感な時期に出会った作品ということで、
彼らの感性を作りあげる、一生飽きのこない作品になる可能性は大か。


ぼく(らの世代)ですか?
とりあえずガンダム挙げとけばオッケーなんじゃないすか?(笑)
いやマジメな話、アナザーワールドだけじゃなく、
オリジナルの宇宙世紀モノでさえいまだに新作作られてるわけで、
飽きる余裕がないですわ。
その意味ではこっちも現在進行形の作品か(笑)。

11月も半ばを過ぎ、今日は今年一番の冷え込みということ。
ただここまでで今年一番というだけで、
これから寒さはどんどん更新されてゆき、
小春日和はあってもあたたかさが持続することはまずない状況に入り、
ついにあきらめてコートを着てしまいました…
コートを着ると寒いこと、冬が着たことを認めてしまう気がするので、
なるべく避けてはいたんだが…
いくら現実から目をそらしても、
寒さはこれから三ヶ月や四ヶ月は続いていくんだから、あきらめました(泣)。


できればこれから先、せめてあまり雨も降らず、雪も降りませんように…

先日、11月16日は20年前の1997年、サッカー日本代表がイランを破り、
ワールドカップ本大会出場を決めたアジア第三代表決定戦がマレーシアのジョホールバルでおこなわれた日だ。
あのときはFC東京の選手は一人もいなかったなあ。
というのも当たり前で、当時はまだFC東京は存在してなかったから(笑)。
この2年後の1999年、J2リーグが設立して東京ガスがFC東京に改組され、
東京に初めてプロクラブが誕生した。


ジョホールバルから20年ということで、スポーツナビでも特集のコラムが掲載されたりしていました。

飯尾篤史 集中連載「ジョホールバルの真実」
https://live-sports.yahoo.co.jp/special/soccer/japan/johorbahru/column/list

読むたびにあの日の興奮というか、胃が痛くなる日々を思い出す(苦笑い)。


ホントにきつかったんだから!
試合の時だけでなく代表のことを考えるだけで胃が痛み、ヘトヘトになる毎日(苦笑い)。
ぼくらでさえそうだったんだから、選手やスタッフはどれほどの苦痛だったか。
コラムを読んでも「岡野のVゴール」が決まった瞬間、
ほとんどのスタッフや選手が感じていたのは喜びではなく安堵だったみたいだ。
テレビの前で観ていただけのぼくですら、
決まった瞬間は喜びより苦しくて仕方なかった数ヶ月から解放された安堵でイスからズリ落ちたくらいですから(苦笑い)。
その意味では「ジョホールバルの歓喜」ではなく「ジョホールバルの安堵」という方が正しいかもしれないな(笑)。


おそらくこれからしばらくは(あるいは一生)、
あれほど代表と苦しみをともにする戦いはないかもしれないなあ。
あるとすればワールドカップ優勝のときかもしれないけど、それだって歓喜の方が強いはず。
あの最終予選は「日本人が誰も開けたことのない扉を絶対開けることがノルマ」で、
あんな異常な条件を前提とした戦いなんてそうそうないだろうからな。


それにしても20年か。
ちょっと前までは「ドーハ」とか「ジョホールバル」あるいは「岡野のVゴール」と言えば、
それだけですべてが通じるほど強烈に刻み込まれた戦い(の日々)と記憶だったけど、
そうじゃなくなってきてもいるんだな。
日本のサッカーにとって最大級の転機となった試合(とドーハ以来の四年間)で、
それを忘れてはいけないというのも正しくはあるかもしれないけど、
でもあれを知識でしか知らない世代が増えていくのもいいことだと、ぼくは思っています。


精神的なスタートの足場というのかな。
彼らはそれがぼくらよりずっと高い位置になるということで、
その分、上に届きやすくなるのは道理だ。
ぼくらはそのために代表や選手を応援しているわけで、
「俺たちの頃はなあ」と足を引っ張るために生きてるわけではない(苦笑い)。
彼らがぼくらを足場にしてもっと上に行ってくれるなら、喜んで踏み台になりますがな。
つってもぼくらがやってきたことなんて、ただ応援するだけだったけどね(苦笑い)。


日本サッカーが順調に行ったとして、次に躍進するのは、
たぶん20年後くらいじゃないかなとぼくは漠然と思ってたりします。
生まれたときから、あるいは物心つく前からJリーグがあり、
代表がワールドカップ本大会にほぼ毎回出場し、
選手が欧州に移籍していくのが当たり前に感じる世代が40代以降になり、
協会や指導者など、組織の中心になる頃。
彼らは「どうすればワールドカップに出られるか」ではなく
「どうすればワールドカップ(や世界)で勝てるか」を基準に考えるようにできている世代で、
その彼らが数十年をかけて醸造してきた考えを実行できる立場に就く年齢になる。
そんな彼らに率いられる選手は言うに及ばずだ。


この場合「世界で勝つ」とは、ワールドカップで突発的に躍進するということではなく、
「常に勝つ」「勝ってもおかしいことではないと欧州その他の国からも思われる」というレベルの話。
「そんなことできるはずがないだろう」と嘲笑する人にこそ、
ジョホールバル以前を忘れてほしくないな。
「日本がワールドカップに出場できるはずがない」と言われた時代を覆し、
「日本がワールドカップに出場するのは当たり前」という評価を確立した人たちは確かに存在する。
日本サッカー冬の時代をちょっとでも覚えていれば、
おそらくこれは、「日本がワールドカップで優勝してもおかしくない」という評価を確立するより困難だったと思うよ。


そして「はずがない」と嘲笑してた人たちは、
今では何事もなかったかのように「当たり前」に荷担している自分たちのみっともなさを自覚してもいない。
多少は歴史に学ぶ姿勢があって、多少の羞恥心と客観性を持ってる人なら、
自分がそういう連中と同類に落ちかかってることがわかるんじゃないかな?


今の日本サッカーはいろんな意味で停滞しているように感じるし、
全力であらがっても前進どころか現状維持が精一杯かもしれない。
でも後退しなければそれだけでも彼らの躍進の手助けになる。
Jリーグ以前、日本サッカー冬の時代と言われた頃にも、
日本リーグや「全日本」でがんばってくれてた人たちがいたからこそ「ジョホールバルの歓喜」があったことを思えば、
今なんて悪く言っても「暖冬の時代」ですわよ(笑)。


それに、とはいえ、別に20年待つ必要もない。
それ以前に躍進してくれるなら、それはもちろん大歓迎だ(笑)。
次のワールドカップをその一助にしても、もちろん全然オッケーさ(笑)。
きっちり大暴れする準備を整えていかないとなあ。

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