サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

物書き志望です。
第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過
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リアルの古代中国史を参考にした架空興亡記です。
よかったらクリックして読んでやってくださいね。
「庸滅亡」http://ncode.syosetu.com/n7549cw/
「四層時代」https://ncode.syosetu.com/n1196eh/

先週15日に発売になった「アルスラーン戦記」最終巻、ようやく読み終えました。
このあとはネタバレも入ります。




いやー、終わったねえ。
最初に買ったのが角川文庫から出てる頃で、
ちょうど7巻(第一部最終巻・表紙は双刀将軍キシュワード)の発売時期だったな。
そんなわけでぼくは田中芳樹ファンとしてもアルスラーン読者としても「乗り遅れた新参者」だったんですが(笑)、
それでもつきあいは25年以上、30年近くになるわけだ。
最終巻までつきあってきたこと自体が感無量をおぼえる要素になるよ。


しかしまあ最終巻も賛否両論うずまくだろう内容だったな(笑)。
特に「否」は今ごろネット内をすごい勢いで駆けめぐってるだろうけど、
その辺はやりたい人たちに任せておこう。
ぼくはぼくとして感じたことのみを。


まずはとにかく死んだねえ(苦笑い)。
二部が再開して十六翼将がそろったところからザラーヴァントを皮切りに、
毎巻毎巻、主要キャラが二、三人以上死にまくってきたから最終巻でも相当死ぬだろうなと覚悟はしてたんですが、
まさか実質全員死亡とは(笑)。
もともと「皆殺しの田中」と呼ばれるほど主要キャラを殺してくる人だったけど、
「アルスラーン戦記」は現時点でチャンピオンだな(笑)。


もっとも最終章を読むと、死なせていくのも納得する部分はあります。
ただ、一冊で死なせるにはさすがに数が多かった(苦笑い)。
内容も含めて7冊(巻)くらいに分けていければよかったかもしれない。
だけどそれだと「あ、こりゃ全員殺す気だな」と途中でバレる可能性もあったし、
最終巻で一気にまくっていくしかなかったとも言えるか。


あるいは田中先生も本来はそのくらいに分けて書くつもりだったけど、
還暦も過ぎられたそうで、作家としての体力が落ちて書ききれないと判断し、
とにかくゴールまで一気に走りきったということかもしれないな。
「だからさっさと書いておけばよかったんだ」という人は、
創作と生産が似て非なるものだと、相変わらずわかっていないんだろうな。
「がんばりゃ書ける」というのが真理なら、世の中の創作者にとってどれほど救いか。
まあおれも、田中先生が書けなくて書かなかったのか、単になまけていたのか、
どっちが正解かは知らないけれども(笑)。


あと田中先生に個人的にちょっと尋ねてみたいと思うのは、
30年前の連載開始時点のプロットと、どこがどう変わったかというところかな。
もしかしたらこの「ゴール」は最初から想定していたものかもしれない。
だとするとそれはそれで恐ろしいが(笑)。
特に20年前の読者(おれ含む)が知ったら総毛立つわ(笑)。


その他の部分でもけっこう変わっているんじゃないかとも思う。
特に蛇王ザッハークや魔族の正体。
まさか錬金術≒科学の力で生み出されたとはなあ。
でも最初からこの設定だったとは、やっぱりちょっと考えにくい。
というのもすごく昔のインタビューで「アルスラーンは魔道とか出てきてファンタジー色が強い分『マヴァール年代記』は完全にそういうものを排した」ということを田中先生がおっしゃってた記憶があるので(「マヴァール年代記」は中世ハンガリーに似た架空国家をモデルにした戦記もの)。
蛇王や宝剣ルクナバートが「科学」の力で生み出されたとしたら、
アルスラーンもファンタジーじゃなくなっちゃうからね。
もっとも、錬金術も半分は魔法みたいなものだし、その他の要素もいろいろ入ってるようだから、
半ファンタジーというところなのかな。


だがルクナバートが蛇王の「制御装置」「停止装置」と考えると、
いろいろ残念なところはあるな(苦笑い)。
作中、ルクナバートには英雄王カイ・ホスローの魂が宿っており、
その魂が呼応し、認めた相手だけが宝剣を鞘から抜けるとされてきた。
アルスラーンがデヴァマント山でルクナバートを英雄王の魂から賜り、
ダリューンたちがひざまずいて「我らが国王(シャーオ)よ…」と感銘に打ち震える場面は「アルスラーン戦記」屈指の名シーンだと思ってます。
だけどルクナバートが「装置」だとすると単に自分と相性のいい相手を機械的に選んだだけという可能性が出てきてしまう(苦笑い)。
まあ選択理由が「心正しく勇気ある人」みたいなもので、
いにしえの錬金術はそういう人を見抜く術を手に入れていた、と考えればそんなに落胆もしないけど(苦笑い)。


あと錬金術なる単語が出てきたこと自体が、
つい最近設定を変えた可能性があるなーと感じてもいて。
アルスラーンの世界から数百年、数千年後、
エドとかアルとかいう兄弟錬金術師が現れる可能性があるんじゃないかと(笑)。


マヴァール年代記といえば、
アルスラーンとザッハークとの最後の一騎討ちもマヴァールと似たところがあったな。
互いの軍隊もほとんど壊滅し、夕陽の沈みゆく中、
最後は一対一の決闘によって王位を争ったカルマーンとヴェンツェル。
アルスラーンとザッハークでは立場も関係もまったく違うけど、
シチュエーションとしては酷似しているし、結果も同じだったからね。


で、実はこの「全員死亡」は、
これまでの流れから無自覚ながらぼくの予想の中にあったように思います。
だけどアルスラーンたちが死に、
パルスが実質的に滅亡してからの「その後」がわずかながらも描かれたことは完全に予想の外でした。
そして個人的には、この部分だけで満足が得られている気がしてる。


シンドゥラでのエラムたちの人生や、
解放王の後継者であるロスタムらのこれからの戦いを想像するのも楽しく、
そしてアルスラーンたちのそれからの旅を夢想するのも楽しい。
あれもちょっと「銀河英雄伝説」の「ヴァルハラ征服」というミッターマイヤーの妄想を思い出しもするが(笑)、
アルスラーンの場合、征服はありえないからな。


王位に就いて旅もままならなかったアルスラーン。
それが死して王位を捨てたことにより、
十六人の頼りになりすぎる忠臣たちとともに大陸全土を旅して回れるようになったとすれば、
それは心から喜ばしくてたまらない。
その旅はのんびりとした諸国漫遊のつもりだけど、
クセのありすぎる臣下たちが旅先で何かとトラブルを起こしたり、
あるいは諸外国で腐敗した権力者や悪漢たちに虐げられている民を助けて大立ち回りを演じる、
水戸の御老公様チックなものになるかもしれない(笑)。
実際あの十六人がいれば、国の一つや二つくらい簡単に乗っ取れる力はあるからなあ(笑)。
そういうお話もおもしろそうだし(笑)。


アルスラーンの世界での死は、
別のよく似たパラレルワールドに生まれ変わるというものであればそれもありえるし、
そうであっても何も悪いことはない。
そして「どこまでもお随伴(とも)いたします」というエラムの台詞は、
ルクナバートを手に入れたアルスラーンに告げたものと同じで、それもまた感慨深いです。


それにしても「暗黒時代」「大空位時代」かあ。
これまで田中芳樹先生のシリーズ長編で完結してきたのは「銀河英雄伝説」「マヴァール年代記」「夏の魔術シリーズ」「タイタニア」そして「アルスラーン戦記」。
「夏の魔術」はちょっと毛色が違うから置いておくとして、
前半二つと後半二つはラストの傾向があきらかに違うな。
「銀英伝」や「マヴァール」は主要人物が死んでも、その後の世界は分裂することなく統一が続いて、
ひとまずは「めでたしめでたし」で終われてるが、
「タイタニア」と「アルスラーン」は統一王朝が崩壊して終わっている。
このあたりは30年の歳月の中で、田中先生も心境の変化があったのかもしれないな。
そもそも30年前の自分なんて、感じ方も考え方もほとんど他人だからな(苦笑い)。
変わらぬ部分も当然あるが、変わった部分も当然あるに決まってる。
むしろ無い方がおかしいし怖いわ(苦笑い)。


それに「暗黒時代」「大空位時代」は、
当事者としては不幸もいいところの悲惨な境遇だけど、
後世の無責任な人間にとっては最高におもしろい時代でもあるからね。
なぜならこういう時代は別名「乱世」「戦国時代」とも言うから(苦笑い)。
この時代の物語を描くのも、きっと絶対おもしろい。


それにしても「アルスラーン」の世界の大空位時代はスケールがデカいなあ。
「タイタニア」のそれは宇宙全体だからさらにデカいけど(苦笑い)、
「アルスラーン」の世界も主観的には負けてない。
ルシタニア、マルヤム、ミスル、トゥラーン、チュルク、そしてパルスの六カ国がグチャグチャの戦国時代に突入したって、
現実世界で当てはめると、インドからエジプト、東ヨーロッパ近辺あたりまで、
ユーラシア大陸の中西部からアフリカ大陸の一部を含めた広範囲がグッチャグチャになったってことだからね。
おれなら逃げ出す、絶対(笑)。


さて、とにかくこれでおれの中でも一つの旅が終わった。
ここまで長くつきあっている継続中の作品は、
田中先生以外だと「ファイブスター物語」くらいのもので、
田中先生関係でも「アルスラーン戦記」は最長の部類に入る。
なにしろ未完のまま終わると思ってたので、
ゴールまでつれてきてくれたこと自体が驚きであり感謝でもあるよ(笑)。
本当にありがとうございました。
途中で放り出さないでよかった(笑)。放り出せるわけもないんだけど(笑)。


それにつけてもこうして不特定多数の人に感想を発表できるようになるなんて、
30年前には考えもしなかったよ(苦笑い)。


さ、あとは「創竜伝」ですね、先生!(笑)
ああ、「灼熱の竜騎兵」も忘れてないですよ、ぼくは(笑)。
他の人にちょっと譲っちゃいましたが「自転地球儀シリーズ」も書かれても構いませんですし、
なぜかコミカライズもされてる「七都市物語」でも全然オッケーですから(笑)。

本業というわけではないけどメインの収入がちょっといろいろ難しくなってきて、
そろそろさすがに副業について真剣に考えないとという気分になってます。
とはいえ無理をするならメインの方をもうちょっと無理すればいいだけ。
そういうのはひずみが出てくると感じてるからこその副業なわけだから、
もう少しいろいろ考えたり調べたりしないと。


でも特別な資格とか実績とかがあるわけじゃないから、
クラウドソーシングを調べてみても割に合わないのばかりだ。
もうちょっと視野を広げ、思い込みを排して、
まったく違う視点から考えたり調べたりしてみるのもいいだろうな。


ちなみにぼくは自分の本業を「文章書き」だと思っていますので(笑)。
そこは絶対はずしません(笑)。

今は違うでしょうが、ちょっと前まで中国史といえば三国志のみというくらい偏っていたように思います。
これはもう、ご当地に三国志演義という絶対的な創作物があって、
それを日本において小説で広めた吉川英治先生がいらっしゃって、
なによりマンガで大拡散した横山光輝先生の功績が大きい。
横山三国志はほとんど聖典化してるように感じるもんな(笑)。


ぼくは中国史に三国志から入らず、
「中国史好き=三国志のみ」と思われるのが嫌で、
意固地にも相当長い間三国志に触れずに過ごしてきたんですよね。
だから表面的な内容は知ってるけど、細かいことはしばらく知らずにいました。


で、そういう気分も薄れてきた頃、
おもしろそうだったので読んでみた「蒼天航路」が最初に本格的に触れた三国志(笑)。
世間的には横山三国志(というより原典の三国志演義)をはじめあらゆる媒体の三国志の「劉備=正義、曹操=悪」という図式にいいかげん辟易してきた人たちも増えてきたのかな。
曹操が主役で、しかもかなりエキセントリックな演出も魅力的な作品だったため、
大人気でアニメにもなったんですよね。
ぼくもしっかりお気に入りで、今でも三国志関連では一番好きな作品です。


そんで図書館で久しぶりに見かけた「蒼天航路」、一巻から読み直しています。
今はもうかなり後半で、どんどん功臣も敵も死んでいくし、そうでなともみな老いてゆく。
もっともほとんど全員、もうちょっと落ち着けってくらい元気なじっさまばかりだが(笑)。


ちょうど読んでるのは神医・華佗のところだけど、ここはやるせなかったなあ。
人間大好き・人間の才大好き・人間の営為大好きな曹操が、
当時は価値も地位も低かった医の立場を引き上げようとしているのに、
当の華佗がそれを断るというか儒(教)にとらわれてそれを拒む。
曹操が誰よりも華佗の才能と彼が培ってきたものの貴重さを知り、
大切に思い、最大限の評価しようとしているのに、
儒という鎖に自ら進んでとらわれて、真っ向から曹操を非難し、拒絶する神医。
やるせなかったねえ。


「蒼天航路」はこのへんから劉備が蜀取りに入り、
ようやく本当に「三国志」になってくるんですよね。
というか曹操の死後、息子の曹丕が献帝から帝位を禅譲されて魏を建国し、
それを受けて劉備や孫権が蜀漢や呉を建てて皇帝になることでようやく三国が鼎立するから、
曹操が死んだところで終わる「蒼天航路」は、辞書的な意味では三国志ではないんだよね(笑)。

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