今日はいつも以上にとりとめなく、
あっちゃこっちゃ話が飛んでいるのですいません(照)。


わが家の壁にはちょっと古い世界地図が貼っつけてあるんですが(2002年版)、
これ見てると、中国とヨーロッパ全土ってだいたい同じくらいの広さなんだなーとわかります。
細かく見るとずいぶん違うだろうけど見た目だいたいね。
ロシアまで入れちゃうと圧倒的にヨーロッパの方が広いんだけどね(苦笑い)。

そして2000年以上前、統一される以前の中国(春秋時代、戦国時代)って、
きっと今のヨーロッパと似たような感じだったんだろうなーというのも感じます。
ヨーロッパのどの国も、自分たちが「ヨーロッパ」という感覚はありつつ、
それぞれ「ドイツ」「フランス」「イタリア」などの「自国」という感覚もあるような。


古代中国も戦国時代末期には、
秦、楚、斉、燕、趙、魏、韓の「戦国七雄」にだいたいまとまる。
ぼくら後世の人間は、
ついつい現代の自分たちの目で当時を見てしまう、感じてしまうところがあり、
その目からすると、たとえ彼らが互いに争って征服しあおうとしているとしても、
一つの国家内で起こる「内乱」の感覚がどこかにある。
だけど彼らにしてみれば、互いに相争う感覚は、
それこそ今のヨーロッパ各国が互いに侵略しあうのと同じ感覚だったんだろうなあと。


そう考えると、始皇帝が最終ランナーとしてやってのけた秦の中国統一は、
本当にすごいことだったとわかります。
それこそナポレオンもヒトラーも失敗して、
ヨーロッパではいまだ成し遂げた国も人も存在しないんだからねえ。


だから実はぼく、EUにはひそかに大きな期待を持ってたりします。
EUの目的とは違うかもしれないけど、
最終的にはヨーロッパを統一する大きな契機になるかもしれない。

秦の中華統一は確かに歴史上稀に見る壮挙だけど、
結局は他国を攻め滅ぼしての併呑だった。
そうじゃないと統一なんて成せなかっただろうけど、
EUはもしかしたら、秦がやってのけた大事業を、
「平和的に」成し遂げる端緒になるんじゃないかなと思ってたりするものですから。
もし理性的に、平和的にヨーロッパを一つの国家とすることができれば、
これは秦の壮挙を越える偉業だと言っても過言ではない。


そしてこのEUの偉業を見れば、アジアとかアフリカとか、
その他の地域も影響を受けないはずもない。
人間、軍事的に劣るとされてもさほどではないが、
人格的、文明的に劣るとされると
異常に危機感と恐怖感と羞恥心を刺激されるからね(苦笑い)。
日本が明治維新で急速に一つの国家になっていったのは、
そうでなければ富国強兵が成せなかったという切実な問題もあっただろうけど、
この部分も大きかったんじゃないかと思っています。


そしてこれからは、国単位ではなく、
アジアやその他の「地域」が一つに統一されてゆき、
そのまま文字通り世界が一つになっていくようになる。
夢物語だとバカにされるかもしれないけど、
人の歴史を見てるとこの方向に行くとしか思えないですからねー。

今の国家だって、元々は小さな村々でしかなかった集落が
少しずつ統合されていった成れの果て(?)です。
だけどこれがゴールとは思えない。
いや、それぞれの時代も「今がゴール」と思っていただろうけど、
それを越えてさらに広く統合されていっている。


統一が必ずしも人の幸福につながるわけではないかもしれないという考えもあるかもしれないけど、
大きく見れば、たぶんそんなことはない。
今の日本の各県が「国」並に分かれたと想像してみれば、
不便さの方がはるかに大きいだろうからね。
一例を考えても、隣の県に行くのにいちいちパスポートを取って、
関所で入国許可を得るなんて手間を考えたら、
バカらしくてやってられないでしょう(苦笑い)。
それが旅行ならまだしも、
「輸入」や「輸出」となれば関税まで取られてしまい、バカらしいと笑ってすらいられなくなる。


だから今回のイギリスEU脱退は残念ではあるけど、実はそこまで悲観もしてません。
どんなことでも揺り戻しはあるし、人の要求や欲求は、
大きくなった視野や感覚を無視することはできない。
イギリスも脱退決定直後でありながら、いろいろつまづいてるみたいだし、
いずれ再加盟することになるでしょう。


ぼくら日本人だって自分たちの行動を決めるとき、
隣国の中国、韓国、北朝鮮などを無視することはもうできない。
もちろん遣隋使、遣唐使の頃から無視するなんてしてこなかったけど、
当時の中国との感覚的な距離感は、
明治時代のヨーロッパ並に離れていたと思う。
明治の要人たちの「洋行」は、
それこそ「先進国に学びに行こう」という遣唐使と同じ感覚だったんじゃないかな。


だけど今のアジア各国に対する感覚は当時と違ってものすごく近くなっている。
良くも悪くもと言われるかもしれないけど、
大きく見れば最終的には「良し」でしかないと自分は思っています。
江戸時代に藩同士が仲が悪かったとされる地域でも、今は別にそんなでもないでしょう?
当時の人たちから見ればそんな未来が来るなんて考えられなかっただろうからね。

さらに今は、それより広い世界を視界外に置くこともできない。
日本人でアフリカが視界に入ってる人だって珍しくないだろうけど、
これだって昔は考えられなかったからなあ。


EUの発足も、そういう「外敵」の存在に危機感を覚えたからという一因もあるだろうし、
外敵なくして団結はありえないという意見もあるかもしれない。
だけどいずれ、「統一した方が得じゃね?」という気持ちになって、
外敵の存在がなくても、感情のしこりも少なく統一される日が来るかもしれない。
そして統一された「地球」という地域の中で、
行政的な利便性や、郷土的な感覚を大切にしたりするような理由で、
効率的に分けたりくっつけたりするようになるかもしれない。
それこそ市町村合併くらいの感覚でね。


ぼくらの今の時代の感覚では無理だろうけど、
ぼくら現代人だって、紅毛人を鬼だ鬼だと恐れたり、
「攘夷攘夷」と叫んでた時代とは変わっています。
ぼくらから見れば、こういう過去の人たちの感覚を
「なぜこんな馬鹿なことをするんだろう」と感じることもあるでしょう。
だけどそれぞれの現代の感覚から見れば、当事者にとってどんなに切実でも、
過去の争いの理由はどうしても馬鹿らしく見えるところがある(苦笑い)。
どんなにわかってるつもりでも、
当時の人たちとまったく同じに感じることはやはり難しい。
それは傲慢かもしれないが、正しく、喜ばしいことでもある。
だから今のぼくらの東アジア各国の対立感情を、
未来の東アジア人たちは
「なんでこんなつまらないことで争っているんだろう」とあきれてくれるようになってると期待しています。