以前「サブタイトルでネタバレ」のときにも書いたけど、
http://suntu500.blog.jp/archives/1055879829.html
今回も「フラグは必ず回収されなければならない」とか
「最終回が自分の希望と違った」というだけでさんざんにこきおろす、
視聴者とか読者の思考の硬直化の方が気になります。
特に主力となるべき若い世代にその傾向が強いようで、ちょっと眉をひそめる気分。


個人的には実は、あまりフラグ回収にこだわりはありません。
むしろあまりにフラグを丁寧に回収されると白けるところすらある。

だって現実でフラグがすべて回収されるなんて、まずほとんどないでしょう?
それがフィクションだって言われればそうかもだけど、
フィクションはどれだけ現実感(リアリティ)を作品に与えられるかが勝負と言っていい。
特にフラグ回収を強く求められる作品はリアリティを大事にするものが多く、
それだけにすべてフラグを回収されると嘘っぽさが表面に強く出て、白けるわけです。
そのあたりの矛盾をいかに整合させるかの匙(さじ)加減が演出力の一つだと思っています。


あと「最終回がなんでこうなった」というけれど、
これも言い換えれば「自分にとってつまらない、納得いかない最終回だった」という、
個人の嗜好にしか過ぎず、
普遍的に、誰にとっても「つまらない」「駄作」という評価にすり替えるのは
傲慢から来る勘違いでしかない。
たとえそれが視聴者ほとんど全員の感想であったとしてもです。

最近で言えば「くまみこ」が一番荒れたと思うけど、個人的には
「別におもしろかったわけじゃないけどそこまで目くじら立てるようなことじゃないだろう」
というのが感想です。

この評価を「間違ってる」とされる根拠はどこにもない。
「だって観ればわかるだろう。わかんないの?」「みんなそう言ってる」は
「思い込み」 であって客観的で公正な評価基準では、まったくない。

前者はいかにも「わかってる」っぽい雰囲気があってカッコよく見えるかもしれないが
(それこそマンガやらアニメで「わかってる」主役側のキャラがこういうタイプ多いし(笑))、
実は根拠はその人の感性でしかない。
特にフィクションの「おもしろい」「つまらない」は完全に個人の感性に帰せられるだけに、
そこに優劣や上下は一切ないです。


また後者は多数決で他人の感性をねじ伏せようというわけで、最悪の部類の一つでしょう。

たとえば内容はチープでちっともおもしろくないのに、
人気のタレントが出てるだけで視聴率は高いドラマがあるとする。
こういうのを絶賛する人を「にわか」と蔑(さげす)む人も多いと思うけど、
でも高視聴率=支持者大多数というのは確かだ。
それが不支持者より圧倒的に多かったとき、
「えー、あのドラマのおもしろさがわかんないの? おかしいんじゃないの?」
と言われて素直に自分の意見や評価を翻(ひるがえ)すんじゃなければ、
「みんなが言ってるから」を根拠にすることは許されない。


それに「世間的にあまり知られてないし評価もされてないけど、おれにとってこれは大傑作だ」
という映画やアニメやドラマや小説の三つや四つ、誰にでもあると思います。
その評価も「みんなが支持しないから」を理由に翻すのかって話ですよ。


最近、久しぶりに横山三国志を読んでいて、
偶然にも「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」のあたりを読みました。
馬謖は将来を嘱望されていた秀才だったけど、
兵法書を盲信して現実の戦場を見ず大敗し、責任を取って殺された人で、
「タイトルでネタバレはしてはいけない」「フラグは必ずすべて回収されなければならない」など
「こう決まっているから(書かれてるから)こうしなければならない」というのは、
知識はたくさんあるが現実に活かすことができない馬謖に通じるところがある。
これは馬謖のように斬られることはなくても、
アニメなりなんなりの進化や進歩の足を引っ張る可能性は大いにあるだけに、
留意すべきことだろうと思います。


まあ若い方が思い込みが強くて視野が狭くなるのは
実体験があるだけに強くは言えないが(苦笑い)、
でもこういう見方もあるというのは覚えておいて損はないと思ったりはしています。