サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

2015年06月

いや検証ってほど大層なもんじゃないんですけどね?(笑)
「ロードローラーだッッ!」から承太郎がディオの足を蹴り砕き、
止めた時間が動き始めるまでの流れにいろいろ疑問があるというのをちょいちょい見かけるんで、
自分でも考えてみたんですよ。
いや、ぼくも昔おなじ疑問を持ったものですから、自分を納得させるために(笑)。
こういうの考えるのがまた楽しいというか、
二次創作とか作る人は好きっていうのはあるんじゃないかなと(笑)。


疑問の一覧は

1.動ける2秒を使い切ったはずなのに承太郎はどうやってロードローラーの下から脱出したのか。
2.勝利して悦に入っていたディオが止めていた時間と、
承太郎が止めていた時間の違いが曖昧。承太郎はいつから時間を止めていたのか。
3.なぜディオは承太郎が止めた時間の中で動けなかったのか。

こんな感じかな。
でもこれだけじゃなく他のこともちょいちょいと書いてます(照)。


まず「1」は、単純に動ける時間が延びたんだと思ってます。
時間を止められるようになったからには、
動ける時間の延長は付属品のような能力でしょう。


上からザ・ワールドのラッシュを喰らっててそんな余裕があったかという意見もありましょうが、
この場合、下からスタープラチナもラッシュをかましていて、
承太郎とロードローラーの間にわずかな隙間があった。
そして2秒が過ぎたところで承太郎自身が「自分は動けなくなった」と思い込み、
一瞬、ラッシュが止まる。
それを感じて(下からぶっ叩きつづける音が消えるからね)ディオは勝利を確信し、
これも一瞬、油断する。
ディオ様はけっこう油断しいだからね、特に調子に乗ってるときは(笑)。


だけど次の瞬間「まだ動ける」と感じた承太郎は、反射的にロードローラーの下を滑って脱出。
このあたりは「あげちゃってもいいさ」や「回転…!」や「最後の波紋」のときのジョナサンや、
赤石をかざしてカーズの波紋を増幅し火山を噴火させたジョセフも持っている、
生存と勝利のための直感に体がとっさに反応する
「ジョースター家の爆発力」が発動したと思いねえ(笑)。
そして「もう承太郎は動けない」と思いこんでるディオ様は承太郎が逃げたことに気づかず、
ロードローラーを潰し、勝利を確信する。
が、承太郎はこのときすでにロードローラーの背後で身を隠し、ディオの勝利の哄笑を聞いている。


そして「2」。
隠れている承太郎は、自分も時を止められると自覚する。
もしかしたらロードローラーの下敷きになったときから自覚していたのかもしれない。
そしてその能力がディオと同質どころではなく「まったく同じもの」と感じ取ったのではないか。
「よく似た特性」ではなく、
それこそディオが止めた時間も承太郎が止めた時間もまったく同じもので、
本人たちにも見分け(感じ分け)がつかないほど。


そう考えると(そのまま「3」の解釈に入りますが)ディオが
自分で止めつづけていたと思いこんでいた時間が本当は承太郎が止めたものだと、
実際に動けなくなるまで気づけなかったことに説明がつく。
ディオが止めていた時間が動き始める瞬間、承太郎が時間を止める。
その「承太郎が止めた時間」の中でディオは数秒動けるが、すぐに動けなくなる。


あるいは「時間を止める」「止まった時間の中で動く」というのは本来同じ能力で、
自分が止めた時間を使い切ったディオはその時点で、
承太郎が止めた時間の中では一切動くことができなくなっていたのかもしれない。
承太郎は「グィィッとさらに水中に引きずり込まれる」と言ってたけど、
ディオからすると「もうすぐ水面だと思ったら急に水位があがり、
水面がはるか上に行ってしまった」という感覚だったかもしれないな。


あと「止まった時間の中で動く」と「止まった時間の中で見る」は別ものかもしれない。
「見る」に関しては、同じタイプのスタンド能力を持つ者同士であれば
時間無制限で「見る」ことができるとか、そんな印象。
だからロードローラーの後ろで隠れていた承太郎は
「時間を止める」&「止まった時間の中で動く」の能力は使わず温存したまま、
見る(「聞く」も?)能力でディオの「時間」が終わる瞬間を待っていたとか。


こう考えると承太郎の言うディオの「敗因」にまた違う趣が出てくる。
承太郎が「時間を止める能力」にめざめた、
あるいは自分にも使えると気づいたのは、
どう考えてもロードローラーで潰しにきたディオの顔を見て「プッツン」来たときしかない。
つまりジョセフの死体をあそこまで不必要に辱め、承太郎をあそこまで怒らせなかったら、
承太郎も時を止める能力にめざめず、
最高になじんで最高にハイになったディオだったら、
最終的には完勝できていたかもしれない。
だからただの感情や激情やそれにともなう抽象的な理由ではなく、
真の意味で「てめーは俺を怒らせた」のが敗因だったんだなと。


あと「承太郎が止められる時間は1秒か2秒くらいじゃないの? それにしてはディオの背後に立ったとき、ずいぶん長い時間止めていたけど」
という疑問もあるかも。
これはぼく的には、このときはそれこそ最高にプッツンきていたし、
おそらくスタンドパワーも最高潮というくらい全開になっていただろうから、
それこそ10秒や15秒止められる状態だったんじゃないかなと思っています。
少なくともディオがジョセフの血を吸って最高にハイになったときと
同じくらいには止められたんじゃないかなと。


だけどそういうピークが過ぎればごく普通の状態に戻り、
スタープラチナ・ザ・ワールドも、そんなに長い時間は止められなくなった。
しかもおそらく承太郎はエジプト旅行以来、
そもそもスタンドをほとんど使わなくなったんじゃないかな。
今はもう違う感覚かもしれないけど、もともと「悪霊」として避けていた風もあるし、
そうじゃなくても日常生活でスタンドを使うなんてそれこそズルだし、承太郎の性格にもそぐわない。
作中に登場する犯罪者や、自分勝手な性格を持つ人間以外、
戦闘以外で積極的にスタンドを使うようなシチュエーションはほとんどないだろうしね。


だから承太郎も時間を止める能力を特に伸ばそうともせず、
スタンドを使うこともなく10年以上を平穏に暮らしていたのが、
ジョセフじいさんのせいで杜王町に行くことになり(笑)、
そこで予想外にスタンドバトルを戦わなくてはならなくなった。
だから作中では特に表現されてないけど、
平和にかまけて止められる時間を延ばす訓練をしてこなかったことを
かなり後悔してたんじゃないかな、承太郎は。


もっとも「止められる時間が長すぎない?」というのは、
もともと原作が5秒しか止まってないはずなのに
観てるこっちには30秒や数分くらい止まっているように見える演出だから問題ない、
という身も蓋もない解釈もあるけどね(笑)。


また「スタンド使い同士は引かれあう」という設定もあるけど、
それもある程度距離や生活圏が近くないと当てはまらないんじゃないかなと。
少なくとも国が違うほど離れてたら当てはまらない。
じゃなかったらアブドゥルやポルナレフや花京院はもっと早くに出会ってるはずだものね。
四部を考えると「町」くらいの範囲なら当てはまるのかな。
「ディオの刺客」という特殊な事情があったにせよ、
スタンド使いがあれほど大量に連続してやってくるって、
本当に異常事態だったんだと思うよ。


とりとめもなく思いつくままに書き連ねてきたから読みにくいだろうけど、
こんな感じであの最終決戦その他をもろもろいろいろ解釈しています(笑)。
これが正しいってわけじゃ全然ないし、荒木先生はまったく違う考えかもしれないけど、
そもそも自分で自分を納得させるために考えたものなので問題はない(笑)。
このラストバトルとかエシディシ戦とか大好きで、
昔、自分で文章(小説)に起こしたりしてたこともあったくらいだから、
いろいろ考えるのも楽しかったのだ(笑)。


でもこんなことを言いつつも、結局のところ
「おもしれえんだからどうでもいいんだよ、そんなこたあ!」
っていうのが一番正しい解釈だと思っています(笑)。

「ジョジョの奇妙な冒険」第三部のアニメが終わった。
ジャンプで連載してたときから何回読み返したかってくらいだから
ストーリーも展開も当たり前のように知ってはいるが、それでもやっぱりおもしろかった。
原作がおもしろすぎるだけに、ファンの評価は相当からい。
が、少なくとも原作ファンの思い入れとも互角に戦える内容だったと思うねッ!


キャストの人たちもすごかったが、やはり子安ディオはすごかった(笑)。
これまでずっと原作を読んできた以上、
ぼくの脳内にも自然「ディオの声」というのは形成されていて、
それとはもちろん違うんだけど、
互角以上にインパクトがあるディオ・ブランドーなのが子安さんなんだよなあ(笑)。
小野Dもよく引けを取らずに戦えたものだ。それがすごい。
男性声優の中で今一番脂が乗ってるのが小野Dだと思うけど、
だからこそ子安さんの演技と互角に戦えたんだろうな。
もともとの実力に分厚い経験や実績を兼ね備えたハンパない超級声優と、
才能ある若手時代から実戦を繰り返して本物の実力をつけ、
さらにもう一段階上にいこうとしている充実しきった盛期声優。
まさしくディオと承太郎の戦いそのものだったように感じたよ。


なんにせよ楽しかった。
さ、次は四部だな(笑)。
やらないはずがない。いや、やらないわけにはいかない。
いやいや、やらないとおさまらないでしょう、やっぱ(笑)。
すでに吉良が楽しみで仕方ないんですけど(笑)。

Aマッチデイが終わりJ1リーグ再開。
FC東京はアウェイでサガン鳥栖と戦い、先制されながらも逆転し、2-1で勝利。
これで勝ち点32、暫定3位キープだ。
浦和の1stステージ優勝が決まったようだけど、
自分たちに可能性がなくなった時点でもうどうでもいい話(笑)。
とりあえず年間最多勝ち点のために今は守銭奴のように勝ち点を拾っていこう。


そして今日の主役は同点弾の中島翔哉くん(笑)。
意外にもというべきか、J1リーグ初ゴール。
先週の橋本拳人に続いて二試合連続でJ1初ゴールが出てくるあたり縁起がいいね(笑)。
縁起で片づけては失礼か。
拳人にしろ翔哉にしろ、
毎日毎日、何年もかけて積み重ねてきたものあってこその得点だからな。


シャーももちろん翔哉だったようだけど、
動画で見たところまだちゃんと覚えてなかったみたいだ(笑)。
キサマうちに長居する気がないな?(笑)
でもまあそのくらいじゃないとな。
特に翔哉は上昇志向が強い選手だし、
バルサでエースを張るくらいの気持ちでいるようだ。
だとすりゃうちは踏み台にしないとな。
おれたちとしても踏み台にしてほしいし、
一度でも同じユニフォームを着た選手はどこに行ってもいつまでも仲間だ。
そのためにもこれからガンガン試合に出てガンガン点決めないとな。


試合自体は観られていないが、内容はあまりよくなかったという話をちょくちょく見た。
特に前半が…というのが多かったけど、
こちらの頭の中にある「内容」「前半・後半」という考え方を少し修正する必要を最近感じます。


マッシモさんというかイタリア人、もしかしたらフットボール先進国のだいたいは、
前半・後半という考え方ではなく「90分」という視点で試合を観ているのかもしれない。
かもしれないというか、実際そうだという話はよく聞く。


また「内容」についても「いい内容」の定義は何だろう、とあらためて思う。
究極のところは
「90分間常に自分たちがボールも主導権も保持しつづける」というものになるだろうし、
「内容が悪い」という人の大部分は、
たとえ勝ってもこの域の内容じゃないとダメということになるんだろう。
たしかにこれが理想で、志向として意識していくべきものだろうけど、
あまりこれだけに固執しすぎるのは「現実を見ていない」として
返ってチームの足を引っ張ることになるかもしれない。


その「内容」を34試合通してやっていくには、現場の選手だけでなく、
クラブの補強や育成や体力その他の、本当に総合的な力が不可欠だろう。
だけど今の東京に、まだそれはない。
できるとすれば、同一リーグでも力に差のある相手や、
同等以上でも偶発的に、
あるいは事前の戦略がバッチリはまってうまく戦えた試合だけになる。


今ぼくらや選手がマッシモさんから学んでいるのは
「現実的に90分全体を通して勝ち切る思想」だと思っています。
相手との元々の力量、相性。
試合が始まってから明らかになるその日の彼我の状態、状況、相性、兼ね合い。
それらを見極めた上での自分たちに有利な「流れ」を作るゲームメイク。

同一リーグの場合、どうやったって相手の時間帯ってのがある。
そこを見極め、なぜそうなっているのかを見抜き、そこを意識して耐えること。
耐えつつも自分たちになるべく早く流れが向くような布石(采配だけでなくプレーでも)を打っていくこと。
自分たちの流れになったらそれをなるべく長く維持していく工夫を続けていくこと。
そういう、一試合を長い目で、総合的に見て試合を進めていく力を、
今は意識して身につけていくべきなんじゃないかなと。


実際、マッシモさんは前半が悪くても後半は押し返してくる戦略や采配を持っている。
それは前半の内容の真実や肝を見極めているからでしょう。
「前半が悪いのがどうにかならんか」と言っている人は、
ただ「悪い」と言ってるだけで、本当には内容を見ていないような気がする。
見る能力がない、というだけでなく、見ようともしないで、
「理想の内容と違う」というだけで非難するような。


理想としては、前半のうちに選手たちが自分で「肝」を見極め、
自分たちの判断で押し返す方策を考えつき、実行することなんだろうとも思う。
それができれば後半に流れが悪くなったときでも
選手が自分たちだけで効果的に修正ができるようになる。
だけど今のところ、それはまだちょっと難しいかな。


ただ、現状でもなるべく早く身につけてほしいのは、
押されているにしても前半はなにがなんでも無失点で終えること。
そうすれば後半はマッシモさんの指示で盛り返せるからね。
先に点取られると、盛り返せるにしてもキツい。

もう一つは前半でリードして終えながら、後半は押し返されてあわてること。
せっかく主導権を握れる展開になっても、それでは勝ちが遠のいちゃうからな。


くしくも後者は先週の松本戦、前者は今週の鳥栖戦で出てしまった。
とりあえずこの二点をどうにかできれば、
相当安定して勝ち点を積んでいけるはずだからな。

「うしおととら」のTVアニメ化が話題になってて、
また「ジョジョの奇妙な冒険」のように
ずっと前に実質完結している作品をアニメ化する流れができつつある中、
ふと「炎の転校生」を最初から最後までTVアニメ化するのもいいなと思ってしまった(笑)。


島本和彦さんの初週刊連載マンガで、代表作の一つでもある「炎の転校生」。
ザ・島本マンガ、島本マンガの原点。
島本先生にとって若き日の黒歴史という側面もあるが(笑)、
でもあの独特のギャグを今の若い衆にもぜひ伝えたいというのがあるんですよねー。


以前、世界初OLA(オリジナル・レーザーディスク・アニメーション)として
アニメ化はされたけど(笑)、
やはりそれだと全話は無理だからね。
やはり炎転は最終回の最後のコマまでいかないと(笑)。
あそこだけであの作品は傑作だと断言できる(笑)。


でもやっぱ、細かいところはちょいちょい変えないといけないかなー。
「先生が結婚しろと言ったら松本伊代とも結婚するのか!」とか「滝沢国電パンチ」とか(笑)。


それと個人的には「技北ゼットビーム」の使用制限理由が好き(笑)。


島本先生小学館漫画賞とかも取ったことだし、
「アオイホノオ」でもホノオが新人賞取ってデビューも決まったことだし、
もうちょっとしたら(まだしばらくかかる?)炎転の連載が始まるだろうし、
そこにあわせてアニメ放送開始とかになれば、いままでにない連動作品になるだろうしね(笑)。

「うしおととら」のキャストが順次発表されてますが、
鷹取小夜さんが南里侑香さんと知って納得のうなずきをしている自分がいます。
どうしても「ガンスリンガーガール」のヘンリエッタのイメージが強いものでねー(笑)。


「ガンスリ」の一期はもう10年くらい前になっちゃいますが、自分の中ではとても佳作。
傑作と言っていいだろうけど、なんとなく佳作という方が似合ってる気がする。
職人が仕上げた芸術作品というイメージがあるんですよね。


その中でヒロインのヘンリエッタを演じたのが南里侑香さんだったけど、
これまたエッタのイメージ通り。
ガンスリにはアニメから入ったからそのせいもあるだろうけど、
それでも原作読んでもまったくイメージがブレることがなかったからね。


そのイメージからいくと小夜さんの儚さ、弱さ、そして最後の強さは南里侑香さんでばっちりだ。
もちろん10年経ってるから南里さんの演技も当時のままというわけはないだろうけど、
それでも基本はそうそう変わるものでもないだろうからね。

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