サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

2016年01月

もちろんネタバレ入るので注意です。
なんだかんだで毎週観てる数少ないアニメだなあ。





いかん、クーデリアさんに惚れちゃいそう。
決意した途端、三段階くらい一気に覚醒しちゃった感があるな。
しかもまだ延びしろはずいぶんありそう。


おそらくミカもオルガ以外で初めて「すごいな」と感じた相手になったか。
今回のことでクーデリアもようやくミカの視界に入ってきたみたいだ。
そしてそんなクーデリアを見てイラつくミカ。
クーデリアにイラついてるわけじゃなく、まだ自覚は薄くとも、
オルガやクーデリアに比べて何もない自分に対してイラついているんだろうな。
夢を持つグリフィスに比べて何もない自分に
みすぼらしさをおぼえていたガッツみたいなもんだ。

そしてガッツは自分の夢を探すため
鷹の団を抜けたことで後々大変なことになっちゃったけど(苦笑い)、
ミカがオルガやクーデリアから精神的に離れはじめたとき、残された二人がどうなるか。
実はミカが認めてる二人が、最もミカを認め、
その存在に依存している(クーデリアは依存しはじめている?)風に見えるからな。
今回もオルガは最終決定にミカの助言(というか感覚)を求めていたくらいだし。
オルガにベヘリット渡したら、
鉄華団を捧げてゴッドハンドになっちゃったりしそうで怖い(笑)。


ギャラルホルンはティターンズのイメージに近いかな。
いやずいぶん違うだろうけど、
まず地球政府があって、そこの実行部隊という立場がね。
ティターンズは暴走して関東軍みたいになっちゃって最終的に自滅したけど、
ギャラルホルンはそこまではいかないか、
あるいは今回のマスク担当がクーデターか何かをやらかして実権を握ってしまうかも。


ギャラルホルンのあのやり方は、人道的には問題があるけど、効果的ではある。
じつはまったく同じやり方を、たとえば時代の初期にやらかした場合、
安定した政府、安定した国を作るには有効ですらある。
たとえば西南戦争はその側面があったと思う。
あれで結果的に士族の不満は爆発し、消滅した。
つまり膿がすべて取り除かれたってことでもある。
士族の不満は巨大なものだったけど、
国民全体から見れば一部の人間の不満でしかない。
西南戦争以後も不平士族がいなくなったわけではないだろうけど、
核となる人材はいなくなり、最大の戦力は失われ、
結局あきらめて新しい時代に順応していくしかなかったでしょう。

だけど時代の末期にこれをやると逆効果でしかない。
膿は体の一部ではなく、全身に転移している。
一部を爆発させてその部分の膿を取り出しても、
他の膿は一時なりを潜めても、必ずまたうごめき出すし、
それどころか内圧を高めてより強大になって爆発してしまう。
例に出すのも恥ずかしいほどメジャーな池田屋事件や(照)
七卿落ちなんかも膿を取り出す行為のつもりだったろうけど、
最終的にまったく効果はなかったものな。

しかもそこにクーデリアみたいな象徴になる存在、
しかもおっさんではなくあれほどの美少女が立ったとなれば、
まったく制御不能の大争乱になるのは請け合いだ(笑)。


でもそうなると鉄華団は大丈夫かなあ。
なし崩し的にクーデリアの親衛隊になりそうだけど、
政治的に重要な存在にはどうやってもなれない。
なにしろ学がないからね(苦笑い)。
別に馬鹿にしているわけではなく、歴史的、特に中国史では、
不満を持った民衆が国家の礎を打ち砕くほどの大騒動を起こすけど
(赤眉の乱とかあ黄巾の乱とか黄巣の乱とか)、
彼らはそのあと新しい政府を立てる知識やノウハウがないため、
結局次に現れる頭のいい人たちに
功績を奪われてしまうのがパターンだからね(苦笑い)。


鉄華団は別に反乱や争乱を起こすわけじゃないけど、
たぶんここから先はクーデリアを中心とした
政治的な部分がメインの物語になっていきそうだし、
またそうじゃないと話にならない部分もあるだろう。
そんな中で鉄華団がどう存在感を発揮していけるのか…
なんか毎週同じ心配してるな、自分(照)。


ところでクーデリアさんの着替えはギリセーフ?(笑)
あれが普通の下着だったら
「夕方になんてことを」ってパターンの苦情になりそうだけど、
スポーツブラ、スポーツパンツっぽかったからきっとギリセーフなんだろうな。
そのあたりスタッフは、さすがにいろいろ考えているな(笑)。


今日は2016 Jリーグ・スカパー!ニューイヤーカップ最終戦。
琉球と引き分け、札幌に勝った東京は、最終戦でヴェルディと対戦。
後半ATの橋本のゴールで1-0の勝利で優勝決定。
たとえキャンプ中のプレシーズンマッチとはいえ、
やはり勝つのはうれしいし優勝もうれしいからね、なによりだ。
そしてもう一つなによりが、8年ぶりにヴェルディに勝ったってことかな(笑)。


思い起こせば8年前の2008年。
J2に降格していたヴェルディが久々にJ1に上がってきたことにより対戦が再開。
あの年はナビスコ予選リーグも同じ組だったから年に四回当たり、
うち三回はうちが勝ってたんだけど、
最後のリーグアウェイ戦だった国立で負けちゃったんだよね。
通算3勝1敗だからうちの勝ち越しは決まってるんだけど、
やはり最後に負けて終わりというのが気分的によろしくない。
しかもヴェルディは結局一年でまた降格しちゃったから、雪辱の機会さえなくなってしまった。


それ以来、対ヴェルディに関しては、
なんとなく喉に小骨が刺さったままの気分が残ってました。
が、幸か不幸か(いや不幸全開なんだけど(苦笑い))2011年、
うちがJ2に降格してしまったために、再度対戦が実現してしまった。
ぼくとしてもあのときの降格は、
二度と味わいたくないほどの苦痛にさいなまれたけど、
ただ一点だけ、勝ち逃げならぬ「勝ち落ち」されたままのヴェルディに
きっちり勝って精神的小骨を抜き、
スッキリした気持ちでJ1へ復帰できる機会が得られたことだけは
よかったと思ってたんですよね。

ところがせっかくのその機会も生かしきれず、結局ホームもアウェイも引き分け(爆)。
うちが一年でJ1へ復帰してしまったことで、小骨は残ったままになってしまいました。



ぼくはヴェルディとの試合は
「ダービーっていうな」が個人的合い言葉なのであんまり言いたくないんですが(苦笑い)、
ダービーは対戦成績とか順位とかカテゴリーとかに関係なく、
「最後に勝った方が勝者」的なところがあるように思います。
今はなき金町ダービーを例に取ればわかりやすいけど、
勝った方が金町を領有できるとすれば、
負けたまま対戦機会がなくずーっと過ごせば、
金町はずーっと相手方のものになってしまう。
それはたとえ相手が下部リーグに降格してしまい、
実質こちらの方が上だとしても変わらない。
ぼくの中ではそういうモヤモヤ感が結構残ってるんですよね。


そんなわけで今日久しぶりに半公式戦で勝てたおかげで、
刺さったままの小骨が少し小さくなった感覚を味わっております(笑)。
とはいえ本当に抜くには、
Jリーグ・スカパー!ニューイヤーカップでもナビスコでも天皇杯でもなく、
やはりリーグ戦での勝利が不可欠だ。
それもできればJ1での戦いが一番スッキリする。
でも「だから上がってこい」という気持ちにも
イマイチなりきれないのが複雑なところでねー(苦笑い)。
「一生そのままJ2でいろ。なんならJ3にまで落ちてしまえ。いっそのこと消滅してくれてもいいぞ」
というのが一つの本音でもあるもので(苦笑い)。

こういう考えや感情は器量や品位に問題があるし、
河野や中島がやってきたこともあって
なんとなく後ろめたいというか申し訳ない気持ちもあるんだけど、
なかなかにぬぐいがたいのも事実。
なぜならただダービーの相手というだけでなく、
ぼくらの世代で「アンチ読売」になると、
このあたりの嫌悪や反感は根強いものがあって、
自分でもいかんともしがたいところがあるんですよね
(詳しくはこちらhttp://suntu500.blog.jp/archives/1003178451.html)。
これでも昔に比べると、自分も相当丸くなってるんですよ?(笑)
だけど完全にぬぐい去るには、まだ時間は必要かもしれないな。


最近は東京サポーター、
特にジャイアンツの横暴や
Jリーグ初期のナベツネの傍若無人ぶりを知らない若い世代の中には、
ヴェルディに対して一緒に東京のサッカーを盛り上げようという態度で接する人も増えてきているようで、
それはそれでもちろん有りだと思ってます。
というより、ぼく個人の本来の感覚からすると、そっちの方が好ましい。
なんでもかんでも欧州とおんなじにする必要はないし、
それどころかああいう対立のマイナス面だって大きいんだから、
無条件に受け入れるのも考えものだからね。
そんなわけで彼らの足を引っ張らない程度に
自分を抑えて過ごしていこうと思っています(苦笑い)。

ぼくの名字は「橘高」と書いて「きったか」と読みます。
「つ」は小さい「っ」です。
ルーツは広島になるのかな。
吉川晃司も広島出身で、
「きっ」と切って読ませるところはあの地域特有のものなのかもしれない。


漢字を初見で正確に読まれたことは、これまで一度もありません(笑)。
大きい「つ」で「きつたか」と読む方はごくたまーに見かけますが、
まったく同じ読みで知ってるのはセ・リーグの審判の橘高さんくらいだな。
職業柄、ネットではたいてい叩かれてるのでいろいろ複雑ですが(苦笑い)。


で、この小さい「っ」が原因かもしれませんが、
クラス替えをして新しく友達になったヤツの誰か一人、あるいは複数に、
必ず「橘高、髪の毛切ったか?」というダジャレを言われます。
これが誇張でも比喩でもなく「必ず」です。
幼稚園から高校まで、ただの一度も例外がありませんでした(笑)。
さすがに高校の頃はうんざりしてしまいましたが、
後から考えるとある意味スゴい話だなと(笑)。


ぼくもあだ名はほとんどなかったですねー。
せいぜい小学生から中学生の頃に「キッチン」というのがありましたが、
これだって名字の変形でヒネリはまったくないからなー(苦笑い)。


といって別にイヤとかキライというのは、子供の頃から全然なかったな。
自己紹介や名前の説明がメンドウというくらいで(笑)。
漢字の説明のときは「たちばな」「柑橘類の橘(きつ)」という言い方をしますが、
これで通じるか通じないかで微妙に相手の漢字能力が
明らかになってしまうところはあるかもしれない(笑)。

今でももちろん自己紹介をすると、たいてい珍しがられます。
つかみにはなるからいいかなと思ってはいますが(笑)。

今日は久しぶりにあったかい小春日和で、それだけでとても気分がいいんですが、
しんみりすることもあり、ちょっと複雑な気分でもあります。

あえてリンクは貼りませんが「うにの秘密基地」という猫のブログがあって、
そこの看板猫である「うに」くんが今朝亡くなってしまいました。

うにくんは2005年生まれの9歳で、
飼い主の「うにまむ」さんが子猫の頃からブログが作られていて、
ぼくも相当早い時期から毎日のぞかせてもらっていました。
ブログ本を買ったのもこのブログだけだったな。

ぼくはペットを飼ったことがなく、
諸々の事情を考えるとなかなか飼えないなと自覚してもいるんですが、
それでも動物は嫌いではなく、このブログを見に行くのを毎日楽しみにしており、
直接ではないにしても、
ぼくの人生で最も長くつきあってくれた動物だったんじゃないかと思っています。

そのうにくんも猫ではシニアの年代に入って持病も持つようになり、
いろいろ心配や、考えたくはなかったんですが
そろそろうっすら覚悟の準備もしなくちゃいけないなと思ってもいたんですが、
それでもまだ5年、あるいはそれ以上先と思っていたもので、
あまりに急なことにやや呆然としている気分です。

ブログの読者でもペットを飼っている人、飼っていた人は
人ごとではないほどショックを受けてるでしょうし、
誰よりうにまむさんご一家が一番の衝撃と悲しみを受けているでしょう。
それだけにぼくが悲しいとか残念とかいうのはおこがましい気持ちもあるんですが、
それでもやはり悲しい、苦しい、という気持ちはあります。
ペットロスというのはきっと、これを何百倍にもした気分なんだろうな。

うにまむさんの家にはあと二匹「ももじろう」と「てんてん」という猫もいるので、
きっと彼らがご家族を癒してくれると思っています。
でも彼らにとっても突然家族がいなくなったのは、
事情がわからないとしても違和感や影響を与えることだろうな…


ずっと以前、ブログや本でうにまむさんが
「うにがいずれ虹の橋を渡って猫の神様に尋ねられたとき『とっても楽しかったです!』と答えられるようにがんばります」
というようなことを書かれていたと思うんですが、
きっと神様にそう報告していると信じています。


最後にありきたりだけど、うに、うったん、本当にどうもありがとう。
毎日毎朝楽しかったよ。
あっちの世界の涼しい場所で、
みんなが来るのをお腹を見せながらゆっくり眠って待っててな。

一人暮らしなので病気になると大変キツい。
そのため誰に言われるまでもなく健康管理には気を使っていたんですが、
それでもここしばらくの寒気にはギリギリの戦いを強いられており、
そして昨日はついに微熱が身体を襲ってきました(苦笑い)。
それでも本格的な風邪の半歩手前で踏みとどまってくれてたこともあり、
身体をあったかくして一日寝て過ごし(ミスドと買い物には行ったんですが(爆))、
病原菌と戦っている身体への補給物資としてご飯をたくさん食べて(笑)、
それなりにちゃんと睡眠を取ることで、なんとか熱を下げることができました(ホッ)。

とはいえまだ鼻はちょっと出るし、油断するとまた上がりかねないし、
熱もせっかく土曜日に出てくれたんだから平日にぶり返さないように気をつけて、
しっかり食べて、ちゃんと寝ないとな(汗)。

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