サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

2016年03月

「鉄血のオルフェンズ」、主人公たちが社会の底辺で生きざるを得ない少年たちということで、
その泥臭さがこれまでのガンダムにない魅力だという評価もあり、ぼくもその辺は思ってました。
これまでのガンダムの主人公たちって、
なんだかんだで結構裕福な家の生まれなことが多かったですから(特に宇宙世紀ガンダムは)。


ただ、個人的には、それにしてはみんなちょっと小綺麗かなという印象があったので、
生き方はともかく外見的に「泥臭い」という表現は少しはずれる気はしてます(苦笑い)。

これはもうしょうがないんですけどね。
あんまり小汚いままでずっと進むと作品が暗くなりすぎるし、ファンも増えないでしょうから。


だから自分の中で脳内補正もしています(笑)。
鉄華団の連中はCGS時代から、虐待はされていたけどメシだけはちゃんと食わせてもらってる印象だった。
それもけっこうたらふく。
しかもアトラみたいに甲斐甲斐しく料理をする子もいて、
味についてもかなり優遇されていた(食料関係の取引業者にたまたまアトラがいただけだとしても)。
食事についてはぼくより恵まれているんじゃなかろうかと、かなり本気で思う(苦笑い)。

これはなんだかんだで食わせないと身体が動かず、病気にもなりやすく、
無理な仕事も無茶な仕事もさせられないという現実的観点からの「優遇」じゃないかと思ってます。
いくら使い捨ての道具だとしても、栄養が悪くてすぐ病気になったり、
腹が減ってまともに動けず仕事に支障があれば、長い目で見れば損にしかならないからね。
マルバにしてみれば「最低投資」というところだろう。


そして「病気になりにくい」状態を作ろうと思えば、衛生状態もとても大切だ。
毎日風呂に入って清潔な服を着ていれば、病気にはなりにくい。

で、この時代だとそれこそ風呂にわざわざ入らなくても、
短時間(それこそ数秒)で体の汚れを完全に除去できる機械なんかもあるんじゃないかなと。
服を着たままその機械に入れば、服も一緒に綺麗になって、衛生状態は保たれるような。


こう考えれば、鉄華団の連中が「小綺麗」なのも納得できるような(笑)。
でも三日月たちがアトラやクーデリアに「汚い」と怒られてたこともあるし、これもはずれかな(苦笑い)。
いや、意外とCGSにいた頃より「規律」が甘くなって、
青少年特有の「めんどくさいから風呂はいいや」が表面に出てきたせいかもしれないと考えれば、
まだハズレではないかな(笑)。

こないだ終わった「鉄血のオルフェンズ」。
ぼくも久々に観た富野さん以外のガンダムだったけど、いろいろおもしろかったです。
作り手は実力派だなあと素直に感じ入っています。


最終回後の日記にも書きましたが、一番思い入れがあるのはマクギリス。
正確には「こいつの活かし方次第で俺好みのおもしろい話にできるな」
という感覚があるのかもしれない(笑)。
そのくらい深みがあって、広い範囲で使い甲斐のあるキャラだと思っています(笑)。


ネットでマクギリスの評価を見てみると、

①マッキー許すまじ
②わかるところはある

にだいたい分かれるかな。

①の「許すまじ」は暗躍してカルタやガエリオやアインを
実質的に謀殺してしまったところもあるが、
「アルミリアとどうのこうのできるとは」という嫉妬がらみもあるようで(笑)。

個人的には②ではあるけど①であるのも正しいという辺りです。
「許せん」と思うことは正しいし、その感情はとても大切でもある。
だからマッキーが無様な形で途中退場するようなことになっても
(トドに殺されるとかありそうだなーと思うダグラム世代(苦笑い))、
それはそれで仕方ないと思うし、マッキー自身がその終わりも甘受しそうというのは感じます。


セブンスターズのうち、ファリド家は養父を追放したことで名実ともに当主となり、
ボードウィン家は跡継ぎを殺し、娘婿になることで実権を握る。
さらにセブンスターズ筆頭のイシュー家後継者を間接的に殺害して力を削ぐ。
他の七家族がどういう状況なのかわからないけど、
単純に考えればマッキーの勢力は実質的に七家族筆頭にもなりかねん。
もちろんこの「地殻変動」に他の五家族が黙ってるはずもないし、
ボードウィン家だってこのままファリド家に取り込まれるのをよしとはしないだろう。
マッキーの立場は視聴者が「許すまじ」と思ってるほど安泰ではないだろうと思います。


ただマッキーは今のところギャラルホルンの改革を目指してはいるけど、
最終的な目標は「世界の改編」だろうなとも思う。
それも自分が独裁者になって好き勝手やるためではなく
(その課程で必要とあれば独裁者にもなるだろうけど)、
より住みやすい世界を造ることが目的でしょう。
とすると、クーデリアと求めるところは同じなんですよね。


現在マクギリスにとってクーデリアは「使い道のある有用な駒」というあたりで、
クーデリアにとってのマクギリスは「フミタンの仇」というあたりだと思う。
でもクーデリアは意外と人格影響力が強く、
これまで会った有力者たち(駒として扱おうとしていた人たちも含めて)のたいていが
一目置く存在になってきている。

だけどクーデリアは「革命の乙女」として象徴やリーダーになれる素質はあるけど、
目標を達成するための手段を考えたり実行したりする
「参謀」がいないのが致命的なんですよね。
このままだとせっかくのカリスマ性も無駄にまき散らすだけで、
ほとんど実を結ばないで終わってしまう。
で、この参謀をマクギリスがやるのもいいんじゃないかなと。


マッキーは顔はよくて態度は紳士的だけど(笑)、
性格的に陰の部分が強く、またそのことを自分でわかってるし、
自分の手がすでに汚れていることも知っている。
こういう人は革命のリーダーには向かないです。
リーダーはとにかく明るく(脳天気ではなく「光」「太陽」に比喩されるような意味で)、
人に希望を与えるような存在でなければならない。
このあたりクーデリアはバッチリだ。

クーデリアも目的のためには
汚い手段を使わなければならない時もあると覚悟は決めているけど、
かといって絶対に越えてはいけないラインはきっちりキープしているんではないでしょうか。
具体的には謀殺や虐殺という手段は取らないし、取れない。
いや、謀殺までは死ぬほど苦悩してゴーサインを出すこともあるかもしれないが、
それでも多用は絶対にできないでしょう。

このあたりマッキーは違う。
すでに三人を謀殺し、一人を失脚させてる。
それも自分の身内や近しい人を。
必要とあれば部外者を殺すのに躊躇はないでしょう。


でもこのままいくとマッキーは行き詰まるような気がするんですよね。
マッキーが表舞台に立って改革者としてやっていこうとすると、
どうしても「演技」を続けなければならない。
マッキーならその演技をやり続けられるかもしれないけど、
クーデリアを前面に出して、マッキーは「頭」に徹すれば、
形としてもマッキーの気分としても、相当すっきりすると思うんですよね。


マッキーはどちらかといえば黒幕の方がやりやすそうだし、好きそうでもある(笑)。
黒幕というとクーデリアがマッキーの傀儡でしかなくなるイメージになるかもだけど、
そう単純でもない。
さっきも書いたようにクーデリアは人格的影響力が強く、また芯はブレない。
自分の目標や方針が甘いものだと自覚していても、そこは絶対に曲げない。
マッキーもクーデリアの「頭」をやろうと思ったら、たぶんそのあたりをわきまえて、
というよりそこの部分にこそ惚れて手伝うようになるんじゃないかな。

暗殺や謀殺、謀略を否としないマッキーは、
下手をするとそのままダークサイドに陥ってしまうかもしれないし、
マッキーの聡明さがあれば、自分がそうなる可能性があるともわかるだろう。
マッキー個人がダークサイドに落ちるだけならまだしもだけど、
世界の支配者クラスの人間がそうなってしまっては、
ギャラルホルンの腐敗どころじゃすまない迷惑を地球圏の人たちにかけてしまう。

だけどクーデリアという「灯台」があれば、
マッキーも迷うことなくそちらに進むことができるし、
その「明るい目標」を達成するために自分の頭を使うことができる。
汚れ仕事もやるだろうけど、それも最小限に抑えることもできるだろうし、
汚れ仕事がバレても「すべて自分の独断です」と
クーデリアに害を及ぼさない形で退場することもできるかもしれない。


それと実はマッキーがもともと持ってる権力や経済力も大きい。
クーデリアよりそれらのものはずっと大きなものを持ってるんですよね、マッキーって。
なにしろ世界七大家族というべきセブンスターズのファリド家の当主になり、
ボードウィン家の影響力も使うことができる。
クーデリアも火星ではお姫様クラスのお嬢様だけど、
セブンスターズから見たら「田舎貴族」「地方の金持ち」という程度の扱いだろうからなあ。


クーデリアとマクギリスが組むにしても、どういう経緯になるかという問題があるし、
特にクーデリアにとってはフミタンの仇、少なくとも死の一因という面があり、
そこは難しいところかもしれないけど、
「目的のためには手段は選ばない」の一つにもっていけるだろうし、
そもそもフミタンのように
「生い立ちから来る不本意な生き方と死に方」をする人を作り出さないための世直しだから、
そこを考えれば協調は可能でしょう。

あと必要なのは、マッキー以外の「ラスボス」かな(笑)。
そうすりゃ視聴者的にも納得だ(笑)。

ただあんまりマッキーとクーデリアの方ばかり中心に話を進めると、
ドラグナーみたいに主人公たちが空気になってしまって、
そこが新たな問題になってしまうな(苦笑い)。

ぼくは物書きになりたいと思っていますが、
「自分の好きなことをやっていたい」「自分のペースで仕事したい」
というのが志望理由の大部分になります(苦笑い)。
それで大儲けできればさらに言うことありませんが、そこはまあとりあえず置いといて(笑)、
だけど「小説家になりたいか」と言われると、ちょっと戸惑うところはあるんですよね。


ぼくはいわゆる「小説」は書けない、書けるにしてもそんなに得意ではないかもしれない。
小説の定義がどんなのかハッキリはしないので、
ぼくが書いてるのも小説といえば小説だろうけど(少なくともエッセイではない(苦笑い))、
でもちゃんとした小説かというと、あんまり自信がないんですよねえ。

基本的に恋愛要素はほとんどないし、登場人物の葛藤もあんましない。
どちらかといえば人間関係は淡々と進んでいくから感情移入も難しいかもしれない。
登場人物のキャラもあんまり立ってないかもしれない(苦笑い)。


じゃあ何を書いてるかというと、
作中の歴史事実をそれなりの臨場感を持って表現するのがメインのような気がする。
無理に例えるなら、テレビの歴史ドキュメンタリー番組と歴史ドラマをあわせたみたいな感じかな?
それもドキュメンタリー要素の方が強いかもしれない。

そんなわけで小説を読んでくれた人の感情を揺さぶることを目的としたものとすると、
ぼくの書くものは、あまり感動はしないように思うんですよねえ。

だから他の人に目標をいうとき「小説家志望です」ではなく「物書き志望です」と言うことが多い。
「物書きっていうとどんな?」とまで言われると説明に困るから
「小説です」って答えるけど(苦笑い)。


なんでそうピンポイントなジャンルを、と言われるかもしれないけど、
ぶっちゃけて言えば一番ラクなんです(苦笑い)。
ぼくは今は架空古代中国を舞台にした世界観をメインにしていますが、
これだと深く考えなくても、次から次へと展開や物語を思いつけるんですね(笑)。
ついでに言うと、ラクというだけでなく楽しくもある。
やっぱりこういうのが好きなんだなと自覚があります。


でも本物の歴史というわけでもないし、
ぼくは好きでも他に興味を持ってくれる人がいるのかどうかが最大の問題になるわけで(苦笑い)。
もっとも、ぼくが知らないだけでこういうのを好きな人も結構いてくれるかもしれない。
それにジャンルとしてピンポイントというのは、
同業者があまりいないということで、そこもまたチャンスでもある。

だからこの際、この部分を押していこうかなという気にもなっています。
名刺とか作るとき、肩書きに「架空歴史作家」とか書いたりね(照)。

じつはこういう押し出しって照れくさくって苦手なところなんですが、
あんまりそういうことを言ってるのもよくないだろうし、
多少は恥ずかしさをこらえてやっていかないとね。


ネタバレ入ります。
そして感想長いです、最終回だけに(照)。





おもしろかった!
今日だけの話ではなく、
久しぶりに全話観た富野さん以外のガンダムでしたが、
半年2クール通しておもしろかったです。
個人的視点は実はマクギリスと似通っているんですが(照)、
でもそれぞれの登場人物の立場や考えがしっかりしていておもしろかった。
こういうしっかりした脚本を書ける人や作れるスタッフっているんだなあと感心や尊敬をしつつ、
負けそうと焦る気持ちも出てきます(照)。


今回は前回のラストから、
阿頼耶識の化け物、グレイズ・アインの傍若無人ならぬ「暴虐無人」とか、
彼にやられたシノたちがどうなったかというのに一番気を取られていましたが、
思ったより怖くなくてよかった。
いや、怖くないとダメだし、実際メッチャ強くてラスボスとしてはバッチリだったんだけど、
気を悪くする人がいたら申し訳ない、どうしてもアインが中二病にしか見えなくて、
そこで緩和されてしまったのです(苦笑い)。
本人大まじめなんだけどすでに常軌を逸してるのが丸わかりだったし、
何よりミカがまともに聞いてないだけに
相当カラ回ってたというか道化に見えてしまったというかね(苦笑い)。


もしかしたらマクギリスはわざとアインをああしたのかもしれないな。
ぼくは先週の感想でマッキーはアインを持ち駒にするつもりかもと思ってたんですが、
http://suntu500.blog.jp/archives/1054315281.html
そうじゃなくて捨て駒にするつもりだったか。
それもなるべく有効に使い捨てる。
アインだけでなくガエリオも、カルタも、義父も。


さっきもちょっと書きましたが、
個人的にはマクギリスに一番感情移入していたかもしれないです。
感情移入というのとはちょっと違うかな。
思考というか政治志向というか、その考え方はわかるし共感できるところがあるというか。

ちょっと設定読んだらマッキーは妾子だったのか。
でも引き取られたときはあんまり裕福そうではなかったから、
元々は鉄華団の連中に負けず劣らずの下層階級だったのかもしれない。
そしてマクギリスの中には、生い立ちから来る世界に対する怒りが充満していて、
それを正すための志を持ち、子供の頃からその方向へ自分を育てていったんだろう。

その中でガエリオやカルタとも仲良くなったわけだけど、
ここがぼく的に今回の脚本や監督を好きになる理由の一つです。
こういう場合他の作品だと、
仲良くしていたのはただの演技で利用するためだけにつきあっていたという
「表が嘘で裏が本当」って単純なパターンが多い。
だけどマクギリスの場合、本当にカルタやガエリオに友情を感じていたんだろうと、
そこは観てるこっちにも伝わってきたように思う。
「表が嘘なら裏が本当」ではなく「表も裏も本当」。
いや、正確に言うなら表も裏もなく「見せている部分」と「いない部分」があり、
そのどちらもが本当というか。

マクギリスってたぶん器量が大きいんですよね。
自分の中で目的のために、清濁併せ呑む器量を養ってきたんでしょう。
その大きな器の中で、ガエリオやカルタを心から友人と思う気持ちの部分もあるけど、
他にも「世の中への怒り」やそれを原動力とした改革者、革命家としての、
より大きなスペースがある。
だからガエリオに言ったことに嘘はない。
言っていない、見せてない部分があるだけで。
だけどその部分を言ってもガエリオには通じなかっただろうというのもわかってた。
ガエリオは育ちがいいから、そこまで深く広く、
そして冷徹に考えて実行することはできなかっただろうからなあ。


マクギリスを改革者と見るのは、成功した改革者というのは、
たいてい、ありえないほどの冷徹さと本物の温情とを兼備する矛盾した存在だからです。
日本史でも源頼朝は弟を殺し、一説では生まれたばかりの弟の子供を殺して幕府を安定させたし、
徳川家康も言いがかりをつけて豊臣家を完全に滅ぼしてしまった。
古代中国大王朝の一つ、唐王朝を建てた李世民も、
兄弟を殺し、兄弟の子供たちを皆殺しにしてのことだったし、
ローマ帝国初代皇帝であるアウグストゥスも粛正しまくった。
これらの人たちのたいていは無用に残忍だったわけではなく、
必要であれば冷酷に徹せられるという意味で共通していて、
マッキーも似たところがあるように感じられたんですよ。


わざとガエリオを怒らせて彼の憎しみを全身に受けたのも、
一つの覚悟や自分への罰のつもりだったんじゃなかろうか。
マッキーが怒りや憎しみしか自分には届かないと言ったのは本当だろう。
そういう風に生きてきたんだから、そこは仕方ない。
だから怒らせて憎ませて、ガエリオを自分の中に刻み込んだんじゃないだろうか。

でもだからといって愛情や友情をマッキーが感じてなかったわけでもないだろう。
それが自分の深いところへは届かないだけで。そしてその感情を否定しているわけでもなくて。
そしてもしかしたら、それらの感情を、本当は怒りや憎しみより貴重に思っているのかもしれない。
そんな感情を与えてくれたガエリオやカルタを
自分の野心のために利用して殺してしまうことへの罪深さをマッキーは自覚していて、
それだけにガエリオに自分を憎ませたうえで殺した。
たぶんマッキーにとって「ガエリオに憎まれる」というのは、
意外と本気でキツいことなんじゃなかろうか。
だから罰になる。

そしてカルタの死も堪えているだろう。
自分への想いを持ちながら死んでいったなんて、
憎まれるよりキツいかもしれないものね。


でもマッキーはそういうのも全部受け入れていく覚悟と器がすでにあるんだろう。
妹ちゃんを幸せにするという言葉にも嘘はなく、
だけど彼女の「兄殺し」をした男という自覚もあるから、
本当には幸せにはできないとわきまえているかもしれない。
だとすると妹ちゃんはとてもかわいそうだが…
ガエリオを殺したのは自分という事実は墓場まで持っていくつもりだろうが。


そしてマッキーは、地獄に落ちる覚悟もとうにできているんだろう。
だからって許されないということもわかっていながら。


マッキーの話はまだできそうだけど、主人公サイドの感想ももちろんあるからね(笑)。

まずは今日もだけど全編通してコレだな。
「すげえよミカは」(笑)。
久々にいい主人公だった。
戦いながら相手の戦力を測り続け、逆転の方策も考え続ける。
たいていの主人公ならアインの言葉に反応して感情的になり、
その感情からくる気合いで突発的に強くなって勝つというパターンになるだろうけど、
最初に書いたとおりアインはミカにシカトされつづけて、ほとんどピエロだったもんな(笑)。

かといって気合いがないわけでもなかったけどね。
「反応速度」が相手に比べて遅いとわかると、
それを無理矢理「気合い」で上げて互角以上に持って行ってしまった。
だけどきちんと代償を払ってるところもすごかった。
ミカはバルバトスに「いいから全部よこせ」と言ってたけど、
バルバトスの方も「ならお前もよこせ」と言ってきたような。

右腕と右目を持っていかれてしまったけど、
「バルバトスに乗ると動くようになる」とミカは言っていた。
それってミカとバルバトスがより同化したということで、
アインのような「完全な阿頼耶識」に近づいたってことなんだろうな。
だとするとこれからバルバトスの反応速度は
デフォルトでグレイズ・アインを越えるほどのものになるわけだが、
それを喜んでいいものかどうか…

それとミカがずっと「使いにくい」と言っていた「刀」。
ここにきて「やっと使い方がわかった」というのもよかった。
こういうのって同じ話の冒頭や前半で前フリして、
後半で都合よく思い出してヒントにするというパターンも多いけど、
相当長いスパンをかけての前フリだったから問題ない(笑)。
リアル系ロボットが「実剣」を使うのを見るのは
FSS(ファイブスター物語)ファンとしては燃えるものがあるし(笑)。
あの刀にも正式名称はあるんだろうけど、
個人的にはこれからは「実剣(スパイド)」と呼んでいこう(笑)。

でもこれからは実剣がミカとバルバトスの主武器になるだろうから、
だとするとメイスが見られなくなって、それはそれで残念だなあ(苦笑い)。


アインはモビルスーツの装甲ごと両断するミカの腕に驚いてたけど、
たぶんあれは日本刀で人の腕を一刀両断するのと同じようなものなんだろう。
普通の人はもちろん、おそらく相当な達人でも無理っぽいものな。
それも実戦でとなれば。

でもなんとなく、ああやってミカを「バケモノか」と驚愕し、おそらく恐怖した時は、
アインは人間に戻れていたのかもしれないとも感じる。
だからどうだと言われると困るけど。


それと市街戦の街並み。なんか現代日本に似ていた気がした。
そしてそう考えると、
意外と見慣れない「現代日本の街で戦うモビルスーツ」に新鮮さを感じて楽しかった(笑)。


あと前回一番戦慄して、一番心配していたアインの引き立て役でやられてしまった三人!
シノはもしかしたら生きてるかも…と思ってたが、
アジーさんとラフタさんも普通に生き残ってたね!(笑)
それも結構ピンピンしてた(苦笑い)。
いや、それがいいんだけどね、その方がいいんだけどね(苦笑い)。


クーデリアさんはここでお別れか。
そしてクーデリアさんの演説を見て
「あ、ダカールだ」と思ったのは俺だけだったろうか(笑)。
ミカは近くに正妻、遠くに本妻を持つことになったな(笑)。


オルガは30代、40代になったら今よりもっと、
今と比べものにならないくらいいい男になってる可能性があるな。
男も女も見ただけ会っただけで惚れてしまうような。
もちろんそれぞれ違う意味でね(笑)。


そしてやったね、二期制作決定!
これはよかった、うれしい。
でもさて、どうなるか…
個人的にマクギリスは「勝者」にしてほしいところはあるんですよね。
でも「ラスボス」にされてしまうかなあ、やっぱ…
マッキーが権力に染まって悪虐に傾き、それを鉄華団が倒す…
なんて単純な話にはしてほしくないんだよなあ。それはすごくもったいない。
いや、この作品の監督や脚本家やスタッフなら、
そのあたりもうまくやってくれそうな気はする。

でも本気でマクギリスを勝者として描こうと思うなら、
作品内の時間は数十年単位で描かないと難しくなってしまうかもしれないんだけどね(苦笑い)。
本当に組織や世界を改編していこうとするなら、
そのくらいのスパンがないと無理があるからねえ。
でもこの手の作品でそこまでやれるはずもないし、
二期はせいぜい半年後、一年後かなあ。


しかし二期があるなら、一期開始当初、かなりの視聴者が心配していた
「オルガとミカの決裂」ってパターンへの懸念も復活するかもしれないなあ…(汗)
どっかの鷹さんのように「…げる……」ってならないでね団長(苦笑い)。

「夏目友人帳」ネタバレ入ります。




「夏目友人帳」のアニメ5期が決まったそうだ。
ぼくもアニマックスで放送しているのをちょいちょい観てポロポロ泣いているのでうれしい(照)。
あのテの作品は本当に自分では書けないなあとわかるから、
作者の緑川ゆきさん、心から尊敬です。

アニメも原作の根幹みたいなものを余すところなく表現していて、
そしてちょこっとオリジナルの演出を入れて、
しかもそれが世界観をまったく壊していないところとか、本当にすごいと感心しています。
思い出すのはニャンコ先生が夏目に化けて藤原夫妻と一緒にご飯食べるところとか、
笹田さんに対してものすごくイケメンだったところとかね(笑)。
あれで夏目に惚れなかったか笹田さん(笑)。それはそれですごいな(笑)。


原作は、持ってはいないけど全巻読んでいます。
単行本派だからLaLa掲載分は読んでなくて今どうなってるのかはわからないけど、
あんまり進展はしてないんだろうな。
既刊は19巻まで出てるけど、内容的にはほとんど進んでいないしな(笑)。
アニメも原作のストックがたまったからようやく再開ってところなんだろう。


しかし夏目にとってニャンコ先生の存在は本当にデカいなとつくづく思ってます。
べつに正体の大きさではなく、存在自体がね(笑)。
ニャンコ先生の妖力そのものもだけど、妖怪に対する「知識」が本当にありがたい。

藤原夫妻のところへやってくる前の夏目があやかしに引っかかると、
対処の仕方がわからなくてさらに奇行が目立つし、
夏目の恐怖やストレスもマックスに達し、あらゆる意味で悪循環に陥る。
だけどニャンコ先生が一緒だと、
あやかしの知識があるからどうすればいいかを教えてくれるだけに、
それらが著しく軽減されるんだよな。

夏目はこれまでたらい回しにされてきた家の人たちを
「最初はみんないい人だったよ。いや、本当はずっといい人だったんだと思う」
と言っていたけど、実際そうだと思う。
中にはまずい人もいただろうけど、
たいていの人は夏目を受け入れようと努力もしてくれただろうし、
夏目の「奇行」がなければ本当に受け入れてくれてた人もいたはずだ。
藤原夫妻はその中でも飛び抜けて包容力があるのは確かだろうけど、
それでもニャンコ先生がおらず、「奇行」が多い夏目のままだったらどうなってたか。
少なくとも今のように、順調にいい関係を築き続けるのは難しかったろうな。


藤原夫妻も、夏目が来て本当によかったなと端的に感じたのは、
お二人が主役の番外編の一コマ。
塔子さんが滋さんに夕食のメニューを尋ねたとき、
二人きりのときは滋さんも曖昧にしか答えられなかったけど、
夏目が来てからは
「肉! 貴志にはもっと肉をつけさせないといけないからな!」「そうよね!」
というやり取りになってて、読んでるこっちもほほえましいやらうれしいやらで(笑)。


夏目友人帳は、登場人物がほとんど全員いい人だからとても気持ちいい。
というより、現実でもたいていの人はああだと思うんですよ。
自分のことだけじゃなく、ごく当たり前に他の人のことを気遣っていて。
それがたいそうなことじゃない、ほんのちょっと、
本人にとっては気を遣ってるという認識すらない程度のもので、
だけどそれが相手にとっては涙が出るほどうれしくて。
文化祭の話で、夏目のところに北本と西村が訪ねてきたときなんて、
夏目が布団の中でうれしすぎて泣いてるの、一緒に泣いて観てたからなあ(照)。


夏目は将来どうするのか。何になるのか。
なんとなく普通の勤め人にはならないだろうなとは思う。
でも祓い人になることはありえず…
もしかしたら人と妖の橋渡しをする「繋ぎ人」になるかもしれないか。
祓い人としての知識や力を使って名取さんが手伝ってくれたり、
あとニャンコ先生もなし崩し的に手伝う羽目に陥っていたり。
結果として、人と妖、両方の助手というかアドバイザーを得て、
夏目はそういう仕事をしていくのかもしれないな。
問題は金にできるかどうかだが(苦笑い)。
霞食って生きてるわけじゃないからな、夏目も(苦笑い)。

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