サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

2016年03月

代表、W杯最終予選進出決定か。
これで最終シリア戦はまた少し試す布陣が組めるかな。


にしても、次の代表監督は久しぶりに日本人がいいかもしれないな。
これはべつにハリル監督がどうこうじゃなくてね、違う観点から最近感じることなもので。


個人的に代表にしろクラブにしろ、
外国人監督というのは「育てるため」か「勝つため」か、
どちらかを主目的として招く印象があるんですよね。
「育てる」方はサッカー後進国が先進国の人を呼んで教えてもらう、育ててもらう、伝えてもらう。
「勝つ」方は、もともと保有している、力ある選手を使って優勝を目指す。


この観点からすると、今の日本って相当中途半端だと思うんですよ。
ある程度育っちゃってるから育成をメインにするほどではなく、
かといってW杯で優勝できるほどの戦力が整ってるわけでもない。
お金もそこまであるわけでもないだろうから世界的名将を呼べるわけでもないし、
でもある程度勝てるようにはなってきてるから育成メインの監督では物足りない。


もちろん外国人監督からすれば、まだまだ日本に足りないところがあり、
それを身につけるために必要なものを伝えようと奮闘してくれてもいるんだろうけど、
代表だけでそれをやろうとするには日本サッカーも大きくなりすぎた。
Jリーグだって経営もあるから「自分たちは負けてもいいから代表に協力」ってわけにもいかない。
その辺の事情を監督も頭ではわかってるだろうけど、
「傭将」として外国である日本へのスタンスには限界があるだろう。
だけど日本だってその監督を一生面倒見ますってわけじゃないんだから、
そこを非難するのは勝手が過ぎるというものだ。


だからたぶん、これからしばらくは日本のサッカー事情を肌で感じ、
当事者として立ち向かえる日本人監督がいいんじゃないかなと。
自分の国のサッカーのことだけに、本気度もまったく違うだろうし、
強化プランに関しても、心から真剣に、幾パターンも考えているはず。
それに日本人の指導者も相当育ってきてるだけに、
そろそろフル代表の監督経験をする人が複数出てきて、
さらに「実戦」を経験してもらい、それを後進に伝えていってもらいたいしね。
今それができるのって、日本では岡ちゃんだけだからなあ。


「育てられる」でもなく「勝つ」でもない今の日本サッカーは、「自分で育つ」段階だと思っています。
選手だけじゃなく、指導者も組織も、その他ぼくらみたいなのも含めたすべての関係者が。

よくサッカー解説者や「有識者」が代表やJリーグのプレーを見ながら
「プレミア(リーグ)なら」「バルセロナなら」というような
「正しい例」を引き合いに出しながらダメ出しすることが多いけど、
個人的にこれはそろそろどうだろう、と感じています。
だってJリーグはプレミアリーグじゃないもの。
日本はスペインじゃないもの。
単に実力が劣っているとかいうだけの話ではなく、
その「サッカー」が育まれる環境(国・風土・歴史・国民性・体格・政治・経済・その他)がまったく違うんだから、
同じ物を作れといっても無理がある。
もちろん目指す「プレー」は同じ場所だとしても、
そこへの「ルート」は違うものにならざるを得ない。
同じ果物の種を違う土地に蒔いたら、
似ていても味も色も違うものができあがるなんてのもよくあるし、
そもそも育たないことの方が多い。


日本人選手でも「海外組」の方がより強くなってるじゃないかという意見もあるだろうけど、
だからって日本人選手全員を海外のリーグへ移籍させるわけにもいかない。
そもそもさっき書いた「環境」で考えるなら、日本人全員を外国へ移籍させないといけなくなる。
それは不可能だし、仮に可能だとしても
それはもう日本人が日本人ではなくなってしまうということで、
単に「移籍先の国の人口が一億人ばかり増える」ってだけの話だからね(苦笑い)。
海外に敬意を払いながらも、
現実的には日本人は日本人のままで強くなる方法を考え出さないといけない。


スキルやスタイルだけでなく、フィジカルやメンタルやその他すべてについて、
自分で考え、実行し、成功したり失敗したりしながら、
外国のマネではなく(トレンドやいいところはバンバン取り入れるにしてもね)、
基幹となる型を確立すること。
その型は、「バルセロナみたいな」とか「バイエルンみたいな」ではなく、
おそらくこれまで世界のどこにも存在しないもののはずで
(似てはいてもベースになるモノ、あるいは細部がこまかく違う)、
そいつを見つけ出し作り上げるにも、やはり内側から長所も短所も知っていて、
なにより自分たちのこととして真剣に考えることができる日本人監督が適役ではないかと。
その型だって細かくマイナーチェンジはしなくちゃいけないだろうし、
場合によってはまた新しく最初から作り直さなくちゃいけなくなるだろうけど、
それでもまあ、まずは足場を作らないとね(苦笑い)。


そのことによって選手も組織もさらに力をつけ、世界でも勝てる力を常備できるようになる。
そしてその戦力をもって
「勝つための外国人監督」も招聘できるようになれれば理想じゃないかなと考えています。

今日の日記は完全に個人の嗜好や感性から来る偏見・好き嫌いなので、
そこをスルーできる方だけお願いしますね(汗)。



ぼくはドラマ全般がダメですが、
ホームドラマと学園ドラマは中でも特に、本当に、マジでダメです!(汗)
ドラマにしろ映画にしろその他もろもろのフィクションにしろ、
基本的に「いい気分になりたい」
「現実ではありえないけどこういうことをやってみたい」
という目的のため観たり聞いたり読んだりするものだと思いますが、
ぼくの中でホームドラマ、学園ドラマの中の事件は
「現実世界で絶対こうなりたくない」と思ってることばかり起こるので、
観てて死ぬほどイヤな気分になるのです(苦笑い)。

作品内で何かコトがあったり、誰かと会話してるときも、
「そっちを選択するなよ、絶対するなよ」
「絶対そういうことを言うなよ。言ったらものすごくめんどくさいことになるぞ」
ということをまず確実にしたり言ったりするんだから、
登場人物たちが後でめちゃめちゃ苦悩するのを見ても、
ぼくの中では「自業自得じゃねーか…」と、ものすごくゲンナリしてしまうんですよ。


もちろんね、学園だろうとホームだろうとドラマである以上、
事件を起こさないと話にならないわけで、
だとすると登場人物たちがいちいち問題の起こりやすい方へ行くのは
仕方ないとわかっちゃいるんです。
でもホーム・学園で起こる事件は、
刑事モノやアクションやサスペンスや歴史ドラマに比べて
身近な出来事やテーマを取り扱ってることが多い分、
より「イヤな気分」を味わわされてしまうんですよ。
いや、ホームドラマでも
現実ではまずありえないようなことがテーマになってることも多いですが(苦笑い)、
それでも「家庭」とか「教室」が出てくると、
イヤな思い出とも相まって拒絶反応が出てしまうのです。
だから刑事モノやサスペンスでも、
事件の舞台が学校や家庭の話のときはあんまり好きじゃない、おもしろくない。


そんなわけでぼくは、
倉本聰さんの作品はほとんどすべて観ていないし、金八先生も何度か観た程度。
「渡る世間」に至っては一回も観ていません。
全話観たのって「スクールウォーズ」や「高校教師」くらいかなあ。
もっとも学園モノといっても大映ドラマは相当特殊だし、
高校教師は単体でアレだったから別モノ扱いかねえ(苦笑い)。

今日はJ3第二節。
FC東京U-23は味の素フィールド西が丘でホーム開幕戦。
3,584人のサポーターが集まってのFC琉球戦で、
残念ながら2-3で負けてしまったそうな。
ただ0-3の状態から1点差まで追い上げたそうで、
決してやられっぱなしだったわけでもなさそうだ。


だけど先週の7000人とか今週の3000人とか、
トップチームの経験もない若手や高校生からすると、相当のプレッシャーみたいだ。
さらに今はネットでもバンバカ叩かれる。
本当にいろんな意味で「プロ選手」としての洗礼を受けているんだな。
それはすごくいいね。


そしてJ3に不慣れという点では、選手や監督やスタッフだけでなく、
ぼくらも同じだなとつくづく感じる(苦笑い)。
J3リーグの特徴とか、相手クラブの力量とか、Bチームに対してのスタンスとか、
まだ誰もがあやふやで、試行錯誤してるように見えるよ(苦笑い)。
Bチームへのスタンスだけでも大まかに分けて、
「若手育成が目的なんだから結果はさほど気にする必要はない」
「そんな甘いことでどうする。若手だろうがなんだろうがプロなんだから入場料に見合った試合をする義務がある」
という意見に分かれるだろうけど、
前者は実状、後者は心構えとして、どっちも正しいと言える。
結局どっちによりウェイトを置くかだろうけど、
どっちかに偏りすぎたら無意味どころか有害になりかねないし、さじ加減が難しいよ。


そういったわけで、ぼくらも毎週自分でいろいろ考えて、経験積んでいこう(笑)。


そういえばJ1初期のFC東京に所属していた喜名さん、
今はFC琉球でスタッフとして働いているそうで、
今日も味フィ西に来ているのをTwitterに挙げてくれてる人がいた。
覚えていますよ、あの重心の低い、地を這うような迫力あるドリブル。
故郷で元気にしていてくれたんだなあ。
それはとてもうれしいよ。

ネタバレ入ります。






急速に皆殺し感が出てきちゃったねえ…(汗) 


名瀬さんとこの二人とシノがアインの戦力紹介のためにやられてしまった(汗)
(まだ死んだか確定してないけど)。
その他にもここで死にまくり傷つきまくりだが、鉄華団って何人くらいいるんだろう?
火星でCGSを乗っ取った時点で200人とか300人くらいかなと勝手に思ってたんだけど、
今は傷ついたのをのぞいて数十人くらいになってる印象だ。


悲愴的な内容についてはたぶん他の人もいろいろ書いてるだろうし、
自分も前にいろいろ書いてきたから割愛。

個人的には戦況や状況の説明が自然に為されていたのに感心してしまった。
最初観ながら
「それならそこはどうなってるんだろう」
「なぜそれをしないんだろう」
「なぜ今それをするんだろう、なぜもっと前からやらなかったんだろう」
と疑問に思うことがつらつらあったんだけど、それにほとんど全部答えてくれていた(笑)。
このあたり脚本家さん実力者だな、すごい。

一個だけ残念だったのは、宇宙組再登場のタイミングかな。
演出上あれより早く出すと悲愴感や盛り上がりに欠けちゃうし、
遅いと間に合わないしで仕方ないとわかるんだけど、
それでもあそこだけちょっとベタで残念だった(苦笑い)。


宇宙組を連れてきたのはモンターク商会だったんだろう。
でもマクギリスは先に地球に降りてきていたわけだから、実際に連れてきたのはトドか?(苦笑い)
だとすると宇宙船の中で相当いろいろ揉めたかもしれんなあ(苦笑い)。


マクギリスも暗躍しまくってるな。
全部が全部マクギリスの掌の上というわけではなく、
ある程度流れに任せて、自分の望む方向へ軌道修正するときだけ手を出すという印象だ。
この場合、蒔苗が間に合わなかったら
ギャラルホルンの内政干渉もうやむやにされる可能性があるけど、
間に合って蒔苗が選挙で勝てば、世界的な問題に持って行ける。
だから鉄華団宇宙組も連れてきて戦力増強をはかったし、
万が一のため自分もMSで待機していたんだろう。


ただマクギリスの中でのアインの立ち位置が、今一つつかめなかったんですよねえ。
アインくんのMSとの一体化を強硬なまでに押す理由。
そして今アインを投入して鉄華団の戦力を減殺することに意味があるのか。
鉄華団はマッキーにとって大した存在ではなく、
究極のところ使い捨てても惜しくない連中だろう。
だけど今のところは使い勝手のいい駒でもあるだろうから、
使おうと考えるなら戦力を減らすのは矛盾する。


でも今回だけのことではないと考えると、なるほどと腑に落ちるところはあります。
あれだけ三日月たちにしてやられてる以上、
マッキーにしても阿頼耶識パイロット(MS)を手にしておきたかったんだろう。
だけどこのご時世、特にギャラルホルン内で入手しようとすれば、
人道的な問題にもなりかねない。

そこへアインという願ってもない素材が手に入った。
しかもマッキーの直属ではなくガエリオの部下だ。
もし何かあっても責任はガエリオに押しつけられるし
(それどころかうまく誘導したからガエリオ主観で自主的に責任を取る気持ちにまで持っていけた)、
それなのにガエリオを通して間接的に自分の駒として使うことができるようになった。
これほど都合のいい存在があるだろうか。


今回このタイミングでアインを投入してきたのは、
調整に今までかかってしまったというのが一番の理由だろうけど、
アインがどれくらい使えるかのテストもあったんじゃなかろうか。
アインの戦力が実際にはどのくらいなのか、自分は彼をどの程度コントロールできるのか。
そのためには、阿頼耶識を持っていて、しかもアインの恨み連なる鉄華団で試すのが一番だ。
もともと使い捨てOKの駒だから、結果的に鉄華団が壊滅してしまっても特に惜しくないし。


で、その結果は、戦力としては圧倒的だけどコントロールは難しいというところかな(汗)。
マッキーにしてもガエリオにしても、
まさかアインが市街地へ突入してしまうとは考えてなかったんじゃなかろうか。
ガエリオは常識的に、
そんなことをすればギャラルホルンの立場が最悪になってしまうと考えてただろうし、
マッキーは最終的には蒔苗を議場へ届けるつもりだったから、
どちらにとってもアインに突入してもらっては困る。
だからマッキーも、唯一、
今のアインを止められる可能性のある三日月に追わせるために、
ガエリオの邪魔に入ったんじゃなかろうか。


でもあそこでマスクを脱ぐ意味はあったんだろうか?(笑)
いや、通信はつながっていなくてガエリオに誰がパイロットかはわからないのかもしれないけど。
だとするとなんで脱いだのか…気分の問題かな?(笑)


ついに来週が最終回かあ。
物語的にはまったく終わる感じがしないから、きっと二期があると信じてる。
おれが知らないだけでもう決まってるのかもしれないけどね(照)。

最近ファミリー劇場で「銀河英雄伝説 外伝」をちょいちょい放送していて、
しかも外伝だからキルヒアイスの出番が多いんですよね。
本編では初期も初期にいなくなっちゃたけど、
その後も何か問題が起こるたび「ジークフリード・キルヒアイスが生きていたら」と嘆息させるほど、
帝国各位に多大な影響を与えた皇帝ラインハルトの腹心。
実際本当に生きていたら、どうなっていたかな。


キルヒアイスはラインハルトの影に隠れて目立たなかったけど、
本当にとんでもない逸材だったんだよなあ。
実は覇気以外の総合的な能力なら、ラインハルトより上だったかもしれない(苦笑い)。

軍事においてはカストロプ動乱、アムリッツァ星域会戦、キフォイザー星域会戦で柔軟で卓越した用兵を見せ、
特にキフォイザー星域会戦では、
ラインハルトやヤン以上と言っていいほど奇抜で独創的でありながら理にかなった戦術を駆使してみせた。

政治についても実はすごい。
リップシュタット戦役で、ラインハルトたちが貴族連合軍本隊と戦っている間、
キルヒアイスは帝国の辺境を治めていったわけだけど、
これは単に軍事力だけで成せる業じゃない。
パッとイメージしにくいかもしれないが、日本を例で言うなら、
ラインハルトたちが東京とか大阪とか名古屋とか主要都市で戦っている間に、
北海道から東北から北陸から中国から四国から九州から、
全部をまわってそこに住む人たちを味方に付け、支配下に置いたということです。

これは軍事力が乏しい相手だから簡単かというと、そんなことはない。
面従腹背されればすぐにでも蜂起され、至るところに叛乱の火の手が上がり、
ラインハルトたちも門閥貴族と戦ってる場合じゃなくなる。
デリケートで的確な政治手腕がなければ成し得ないことで、キルヒアイスの政治力は尋常じゃない。

これにはキルヒアイスの人格も大きなウェイトを占めたんじゃないかなと思っています。
敵国の将兵(主に女性兵士(笑))にすら短時間で信用と好感を与えられる人格は、
ラインハルトにすらない。
ラインハルトが与えるのは畏怖と威圧と敬意で、
どちらかといえばオーベルシュタインと同じ方向なのよね(苦笑い)。
それは慰撫を必要とする政策には向いていない。


その上キフォイザー星域会戦では完勝しただけでなく、
敵の副盟主であるリッテンハイム侯爵を事実上戦死に追いやり、
そのことにより辺境の支配を完璧にしてしまった。
このうちどれか一つだけでも「赫々たる武勲」としていいほどなのに、三つもいっぺんにだからね。
「キルヒアイス提督の武勲は巨大すぎる」というのは決して誇張ではなく、
正直、オーベルシュタインじゃなくても危惧するレベルの話なんですよね。


ただ個人的には、キルヒアイスは生きていてくれた方が、
ローエングラム王朝は別の方向で安泰だったかもしれない、とも思ってたりします。
というのも、ラインハルトはあのままだったらおそらく、子をもうけることがなかった。
あるいは子をもうけても、
血縁で政治権力を引き継ぐことを心底から軽蔑していたラインハルトだけに、
自分の子に帝位を継がせるとは考えてなかったかもしれない。
原作では自分も死んじゃうから(おそらく)仕方なく息子に帝位を継がせることにしたけれど、
それでもなお自分自身やアレク大公を指して
「実力が劣ると思ったらいつでも打倒せよ」とか
「ローエングラム王朝では無能者や臆病者が帝位に就くことは決してない」
と公言しちゃってるくらいだからね。


だとするとどうなるか。
実はもしかしたら、キルヒアイスに帝位を譲るつもりだったんじゃないかなと。
キルヒアイスを「副帝」としてしばらく共同統治をおこない、
時期を見計らって(あるいは自分の死後)「正帝」の帝位を譲る。
そしてキルヒアイスも自分の子にではなく、
実力も実績もはっきりした男を「副帝」に据え、
自分の意思によってか、あるいは死後に帝位を譲る。
つまりローエングラム王朝はこういう形で、
血縁ではなく実力と実績で帝位を継承してゆく「システム」にした可能性もあったんじゃないかなと。
この場合、実力実績ともキルヒアイスが「副帝」であることは、誰も文句はないはずだからね。

「帝位は血統のみで継がれるべき」という枠にとらわれるのは、
オーベルシュタインを含めたほとんどの人の限界で、
彼らを越える器量を持つラインハルトなら、これは充分考えつく発想だったんじゃないかな。

もちろんこの「システム」も欠点はある。
実力があるように「見せかける」ことがうまいだけの人間が「副帝」になったり、
「正帝」が「俺の子供だが実力があるから問題ない」と、
本当は無能な自分の子供を「副帝」にしてしまい、システムを有名無実化してしまったり。
ただこのあたりもラインハルトなら、
自分が死ぬ前に「チェック機関」を作ったりして、防止には努めると思うけどね。


ただ、作中にこんなことを考えていたという描写は一切なく、
仮に「キルヒアイスが生きていたら」こういう形をラインハルトは思いつくかもしれないなと思っただけです。
なにしろ本当、ローエングラム王朝の血統って、
偶然と幸運とが重なって、ギリギリで保たれたものだったからな(汗)。
もしヴェスターラント出身のあの男の皇帝暗殺未遂事件がなかったらどうなってたか。

余談だが、あのヴェスターラント出身男、本当にいい面の皮だったんだよなあ(苦笑い)。
彼があんなテロ未遂を起こさなければ、後継者のいないローエングラム王朝は、
ラインハルトの死後、分裂して滅亡してしまった可能性が極めて高く、
敵討ちどころか憎むべき相手に計り知れないほどの恩恵を与えちゃったわけだからね(汗)。


ついでに白状すると、べつにこれはぼくが考えたことじゃなく、
帝政ローマの「四頭政治」からイメージしただけなんですけどね(照)。


あとまあ、別の可能性としては、キルヒアイスが生きていたら、
おそらくまず確実にアンネローゼと結婚していただろう。
そして子を残さずに死んだラインハルトの「帝位」を継いだのは、
キルヒアイスとアンネローゼの間に生まれた子供だったかもしれない。
というより血統という点では、それが唯一の道だったろうな。
そしてラインハルトが長生きしていたら、「甥」を後継者としてしっかり育ててから死に、
原作通り早死にしていたらキルヒアイスが「摂政」になって息子を補佐し、
実質的な「皇帝」として帝国を統治していたかもしれない。

この場合、たぶん「甥」はラインハルトの養子にしているだろうから、
名目上は「ローエングラム王朝」が続くけど、
実質的・血統的には「キルヒアイス王朝」というべきものになるか。
でもそれは、表面はローエングラム、影はキルヒアイスということで、
ラインハルトの影として生きることを望んだキルヒアイスらしい形かもしれないな。

もう一つ余談になるけど、キルヒアイスとアンネローゼの間に子供ができてなかったら、
アンネローゼが帝位に就き、キルヒアイスが補佐する形になっていたかもしれない。
だけどこれだとかなり危うい形にならざるを得ない。
主に後継者について。

また生まれていたとしても、息子ではなく娘だったら、
彼女が「女帝」になってキルヒアイスが補佐するだろうけど、
これも後継者についてかなり大変だなあ。
誰が「女帝」の婿になるかで、相当揉めそうだ(汗)。


でもまあ、キルヒアイスの気質から言えば、
生き残っていたらアンネローゼと結婚して、
それこそオーディンの片田舎に引っ込んで、
静かにのんびり暮らしたかったかもしれないな。
むしろラインハルトもそれを望むだろうけど、
でも宇宙を統一した後でも(それどころか後の方が)
政治・軍事でラインハルトを補佐する必要があるから、
やっぱり一生彼の影として生きていくことになったか(苦笑い)。

とは言えだ。
公的には生涯多忙で、
もしかしたら気質的には合わないことを続けざるを得なかったにしても、
せめてやはり私的には、アンネローゼと幸せになってほしかったもんだ。
それがラインハルトも含めた本人たちにとっても、キルヒアイスの両親にとっても、
そしてたぶん、ラインハルトとアンネローゼの両親にとっても幸せなことだったろうからね。

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