サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

2016年06月

今日はいつも以上にとりとめなく、
あっちゃこっちゃ話が飛んでいるのですいません(照)。


わが家の壁にはちょっと古い世界地図が貼っつけてあるんですが(2002年版)、
これ見てると、中国とヨーロッパ全土ってだいたい同じくらいの広さなんだなーとわかります。
細かく見るとずいぶん違うだろうけど見た目だいたいね。
ロシアまで入れちゃうと圧倒的にヨーロッパの方が広いんだけどね(苦笑い)。

そして2000年以上前、統一される以前の中国(春秋時代、戦国時代)って、
きっと今のヨーロッパと似たような感じだったんだろうなーというのも感じます。
ヨーロッパのどの国も、自分たちが「ヨーロッパ」という感覚はありつつ、
それぞれ「ドイツ」「フランス」「イタリア」などの「自国」という感覚もあるような。


古代中国も戦国時代末期には、
秦、楚、斉、燕、趙、魏、韓の「戦国七雄」にだいたいまとまる。
ぼくら後世の人間は、
ついつい現代の自分たちの目で当時を見てしまう、感じてしまうところがあり、
その目からすると、たとえ彼らが互いに争って征服しあおうとしているとしても、
一つの国家内で起こる「内乱」の感覚がどこかにある。
だけど彼らにしてみれば、互いに相争う感覚は、
それこそ今のヨーロッパ各国が互いに侵略しあうのと同じ感覚だったんだろうなあと。


そう考えると、始皇帝が最終ランナーとしてやってのけた秦の中国統一は、
本当にすごいことだったとわかります。
それこそナポレオンもヒトラーも失敗して、
ヨーロッパではいまだ成し遂げた国も人も存在しないんだからねえ。


だから実はぼく、EUにはひそかに大きな期待を持ってたりします。
EUの目的とは違うかもしれないけど、
最終的にはヨーロッパを統一する大きな契機になるかもしれない。

秦の中華統一は確かに歴史上稀に見る壮挙だけど、
結局は他国を攻め滅ぼしての併呑だった。
そうじゃないと統一なんて成せなかっただろうけど、
EUはもしかしたら、秦がやってのけた大事業を、
「平和的に」成し遂げる端緒になるんじゃないかなと思ってたりするものですから。
もし理性的に、平和的にヨーロッパを一つの国家とすることができれば、
これは秦の壮挙を越える偉業だと言っても過言ではない。


そしてこのEUの偉業を見れば、アジアとかアフリカとか、
その他の地域も影響を受けないはずもない。
人間、軍事的に劣るとされてもさほどではないが、
人格的、文明的に劣るとされると
異常に危機感と恐怖感と羞恥心を刺激されるからね(苦笑い)。
日本が明治維新で急速に一つの国家になっていったのは、
そうでなければ富国強兵が成せなかったという切実な問題もあっただろうけど、
この部分も大きかったんじゃないかと思っています。


そしてこれからは、国単位ではなく、
アジアやその他の「地域」が一つに統一されてゆき、
そのまま文字通り世界が一つになっていくようになる。
夢物語だとバカにされるかもしれないけど、
人の歴史を見てるとこの方向に行くとしか思えないですからねー。

今の国家だって、元々は小さな村々でしかなかった集落が
少しずつ統合されていった成れの果て(?)です。
だけどこれがゴールとは思えない。
いや、それぞれの時代も「今がゴール」と思っていただろうけど、
それを越えてさらに広く統合されていっている。


統一が必ずしも人の幸福につながるわけではないかもしれないという考えもあるかもしれないけど、
大きく見れば、たぶんそんなことはない。
今の日本の各県が「国」並に分かれたと想像してみれば、
不便さの方がはるかに大きいだろうからね。
一例を考えても、隣の県に行くのにいちいちパスポートを取って、
関所で入国許可を得るなんて手間を考えたら、
バカらしくてやってられないでしょう(苦笑い)。
それが旅行ならまだしも、
「輸入」や「輸出」となれば関税まで取られてしまい、バカらしいと笑ってすらいられなくなる。


だから今回のイギリスEU脱退は残念ではあるけど、実はそこまで悲観もしてません。
どんなことでも揺り戻しはあるし、人の要求や欲求は、
大きくなった視野や感覚を無視することはできない。
イギリスも脱退決定直後でありながら、いろいろつまづいてるみたいだし、
いずれ再加盟することになるでしょう。


ぼくら日本人だって自分たちの行動を決めるとき、
隣国の中国、韓国、北朝鮮などを無視することはもうできない。
もちろん遣隋使、遣唐使の頃から無視するなんてしてこなかったけど、
当時の中国との感覚的な距離感は、
明治時代のヨーロッパ並に離れていたと思う。
明治の要人たちの「洋行」は、
それこそ「先進国に学びに行こう」という遣唐使と同じ感覚だったんじゃないかな。


だけど今のアジア各国に対する感覚は当時と違ってものすごく近くなっている。
良くも悪くもと言われるかもしれないけど、
大きく見れば最終的には「良し」でしかないと自分は思っています。
江戸時代に藩同士が仲が悪かったとされる地域でも、今は別にそんなでもないでしょう?
当時の人たちから見ればそんな未来が来るなんて考えられなかっただろうからね。

さらに今は、それより広い世界を視界外に置くこともできない。
日本人でアフリカが視界に入ってる人だって珍しくないだろうけど、
これだって昔は考えられなかったからなあ。


EUの発足も、そういう「外敵」の存在に危機感を覚えたからという一因もあるだろうし、
外敵なくして団結はありえないという意見もあるかもしれない。
だけどいずれ、「統一した方が得じゃね?」という気持ちになって、
外敵の存在がなくても、感情のしこりも少なく統一される日が来るかもしれない。
そして統一された「地球」という地域の中で、
行政的な利便性や、郷土的な感覚を大切にしたりするような理由で、
効率的に分けたりくっつけたりするようになるかもしれない。
それこそ市町村合併くらいの感覚でね。


ぼくらの今の時代の感覚では無理だろうけど、
ぼくら現代人だって、紅毛人を鬼だ鬼だと恐れたり、
「攘夷攘夷」と叫んでた時代とは変わっています。
ぼくらから見れば、こういう過去の人たちの感覚を
「なぜこんな馬鹿なことをするんだろう」と感じることもあるでしょう。
だけどそれぞれの現代の感覚から見れば、当事者にとってどんなに切実でも、
過去の争いの理由はどうしても馬鹿らしく見えるところがある(苦笑い)。
どんなにわかってるつもりでも、
当時の人たちとまったく同じに感じることはやはり難しい。
それは傲慢かもしれないが、正しく、喜ばしいことでもある。
だから今のぼくらの東アジア各国の対立感情を、
未来の東アジア人たちは
「なんでこんなつまらないことで争っているんだろう」とあきれてくれるようになってると期待しています。

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ここのところブログがとどこおりがちです。
そんなに楽しみにしてくれる人がいるわけではないかもですが、
それでもこれだけ間があくのはよくないなーと自分でもわかっています。
が、どうにもここのところ、あまり書くことがなく、
書くためのモチベーションも上がらなくて(苦笑い)。
だから日常の出来事にブログはまた気が向いたらということで、
しばらくは好きなものについてチラホラ書いていこうかなと。


で、いまパッと思いついたのが「俺たちは天使だ!」。
最近、日本映画専門チャンネルでちょくちょく再放送してくれているし、
見損ねたけどこの前テレ東でSHOGUNが主題歌歌ってくれたってこともあるしね(笑)。


1979年~80年にかけて日本テレビで放送していた
1話完結の探偵コメディドラマ「俺たちは天使だ!」。
観てたかもしれないけど記憶が曖昧という人には
「OPで車がどんどん壊れていくやつ」というと通じることがよくありました(笑)。

全20回という微妙な話数ですが、個人的にこの作品が、
現状、日本ドラマ史上最高のドラマだと思っています。
視聴率がどうこうとか世間の反応がどうこうではなく、
選考基準はおれの感性のみ(笑)。
そしてだからこそ、誰にも動かせない絶対の選考理由、根拠です。


ぼくは当時小学校低学年だったので本放送は観てないんですが
(夜8時以降のテレビはあまり見せてもらえなかった)、
あの頃は夕方にドラマの再放送をよくやっていて、それで観てたんですね。
「太陽にほえろ」も「探偵物語」も、たいていそれで観た(笑)。
そして「俺たちは天使だ!」もそれで観ました(笑)。


内容は、さっきも書いたように探偵を題材にしたアクションコメディ。
「善人からは探偵料だけだが悪い奴からはいくらでもふんだくる」「めざせ月収200万!」などをモットーに、
カネもうけのためならちょーっと非合法なこともやらかしちゃうこともある麻生探偵事務所の面々(笑)。
だけどいつも最後の最後で詰めが甘く(あるいは他の人を助けるため自ら放棄して)、
悪人は捕まえるけどおカネは得られずタダ働きで終わり、
「無償で世の中をほんの少し綺麗にした」=「天使」ということで
「俺たちは天使だ!」とのセリフとともにポーズを取って締めるのがお約束パターン。
つまりタイトルは自虐も込めた負け惜しみでもあるんですね(笑)。


出演者は、沖雅也、柴田恭兵、多岐川裕美、渡辺篤史、神田正輝等々、
若手実力派だった面々で、いま見てもそうそうたるメンツだ。


そしてこのドラマの何が一番好きかというと、登場人物たちのやり取りがいいんですよ。
ほとんどコントになるんじゃないかというような軽妙なギャグやセリフ回し、動き、単語の選択。
作品の初期はそこまでではなかったかもしれませんが、
出演者や脚本家が自分たちの創るキャラクターを完全に把握した中盤以降からは、
もうちょっとした職人芸。

舞台にしろコントにしろ、本当に実力あるお笑い芸人(たち)が本気で作り込んで演じるネタって、
何かちょっと違うじゃないですか。
洗練さというか、無駄を削ぎ、間も完璧で、アドリブが入る余地もなく、
客――笑いという人間の感性を「狙って」自分たちの制御下に置くことができる。
むしろ落語のネタに近いかもしれないな。
古典落語を演じる噺家さんの中には、
「ここはもう0.5秒、間を置いた方がいいな」というレベルで
創意工夫をしたりする人もいるそうですから。

「俺天」がここまでやってるとは言いませんが、
方向性としてはこっち側だなと、そんな風に感じます。


もちろん子供の頃はこんな風に考えてはいません。
ただただおもしろくて笑って観てました(笑)。
で、本当に好きだったんですねえ。
当時我が家にはまだビデオデッキはありませんでしたが、
「俺天」の、せめて最終回だけはどうしても自分の物にしておきたかったので、
父親の友人でデッキを持ってる人にテープを渡して録画してもらってたくらいで(笑)。
でもそれってベータだったから結局ほとんど観られなかったんですが(笑)。


だけど「俺天」ってあんまり再放送はしなかったんですよね。
「太陽にほえろ」みたいな超人気作品じゃなかったからでしょうが。
だから高校生の頃、深夜に再放送をやると知った時は狂喜しました(笑)。
正確には1話を見逃して、2話の段階でやってると知ったので、
狂喜と落胆とが同時にやってきたんですが(苦笑い)。
この頃はさすがにうちにもビデオはあったので(VHSですよ(笑))、
2話から全話録画ですよ、もちろん(笑)。

一番「俺天」を観たのは、このとき録画したのでしたね。
何度も何度も見返してましたねえ。
何回観たか自分でも覚えていないくらい。
あんまり観てるとさすがに飽きてしまうかもしれず、それが怖いので
1年、2年とインターバルを置きながらでしたが、
10年以上このテープを観てたかもしれないな(苦笑い)。

テープの劣化なんてどうでもいいんですよ。
いや、もちろんきれいに映ってる方がありがたくはありますが、
内容そのものが大好きなので、それだけで充分なのです。
でもそのせいか、LDとかDVDはそれほど欲しいと思わず買わずにいるため、
ここんとこはファンと言っていいかどうか微妙です(苦笑い)。

で、最近はケーブルテレビでちょくちょくやってくれるようになって、
それを録画して何度も観ています。
劣化もないし、チャプター編集もできて快適快適(笑)。


でもこうして30年近くつきあってきて、
「俺天」が自分にとって特別なんだなあとあらためてわかったのは、
何歳になっても感じ方が変わらないって点なんですよ。

たとえば、子供の頃に観ていた作品が今でもおもしろいというのはあると思う。
ぼくだってウルトラマンや仮面ライダーはいまだに好きです。
だけど大人になると、観方が変わってしまうところはどうしてもあります。
子供の頃と同じ感性で観ている部分と、そうでない部分。
その、そうでない部分がまた新しい発見やおもしろさでもあるんですが、
「俺天」に関しては、ぼくの中で子供の頃とほとんど同じ感覚で見続けているんですよ。
おもしろいと感じる場所やツボが変わらない。

これから先どうなるかはわかりませんが、
でもこの年まで感じ方に変化がないとすれば、
それだけで感性にガッチリ合う、
ぼくにとって特別な作品であることに代わりはありません。
そういう作品に出逢えただけでも奇蹟に近いと思っています。


まだまだいろいろ書きますよ(笑)。

ここのところ観戦にも行けていないので内容について何を言える資格もございやせんが
、現状が産みの苦しみなのか、手詰まりなのかが最も重要だろうな。


今年は第二次城福政権が始まったわけだけど、やはりいろいろ厳しかった。
特にACLとJ3を同時に戦わなければならなかったのが一番難しかったんだろう。
ACLはもともとわかってたし、J3参加も賛成なのでそこについては何も言わないが、
それでもJ1に加え、ほぼ未経験のリーグと、
まったく未経験のリーグ2つを同時にこなすのは、
暗闇の中を手探りで歩く試行錯誤の連続だったはずだ。


それでもACLの1次リーグを突破したのは立派だったと思うけど、
結果そのものは不本意だったのは残念だ。
韓国や中国のリーグが強いのは、戦力や戦い方だけでなく、
なんだかんだで出てくるクラブが毎年ほぼ同じだから、その辺の経験値の違いもあると思う。
だからJリーグにもビッグクラブを、という意見もあるかもだけど、
個人的にはそれもちょっと…というのはあるんだけどね。
それについてはまた別の時に。

とはいえそれでも去年の優勝クラブが1次リーグで敗退したりもするし、
困難さはどこも同じかもしれんけども。


ただ大いに不本意であるにしても、
ACLがなくなったことで負担が一つ減ったのは確かだから、
それは活かさないわけにはいかない。
それにJ3の方もようやく戦い方、こなし方がわかってきたみたいだ。
トーチュウの記事によると、
圍は「トップチームと試合がしたい」と申し込んだりすらしてたそうだし、
J3のチームはなかなか結果にはつながらないまでも、いろいろ手応えは感じているようだ。


だとするとJ1の方はどうだろう。
なかなか結果は出ていないが、ここんとこは5試合連続ドロー。
うち3試合は無失点。
去年の堅守がようやく戻ってきたみたいだ。

「だったら去年に戻っただけじゃないか」という意見もあるかもしれないけど、
やはりそこは違ってきているんじゃなかろうか。

去年までのマッシモさんは、堅守は堅守だけど、
点を取る方は結局のところ「個人でなんとかして」という形だったと思う。
今年の試合をちゃんと観てもいないぼくにはわからないが、
おそらく城福さんの場合、それはないだろう。
堅守を維持しつつ、
攻撃もバリエーションを付け加えたアップグレードバージョンを目指しているはず。

そのアップグレードソフトがうまくインストールされてきているのか。
それを選手が実感しているのか。
現段階ではそこが最も大切なところだと思っています。


残念ながら1stステージはどうしようもなくなった。
だけど今優勝争いしている川崎にしろ鹿島にしろ、
一朝一夕で今のチーム力を手に入れた訳じゃない。
鹿島は去年の最初の頃はボロボロだったし、
川崎に至っては風間体制になって5年目、ようやく実を結び始めたと言っていい。

だとすれば、過去(1st)はもう変えられないとなれば、
今は今のチームを化けさせるため、
2ndステージで爆発するための産みの苦しみであってほしい。
そう思っています。

ぼくも2ndの途中くらいからは、また参戦したいと思っているので…

この前まで宮城谷昌光さんの光武帝の小説(「草原の風」)を読み、
今は塚本靑史さんの「光武帝」を読んでいますが、
どちらも光武帝・劉秀の長兄、劉縯(りゅうえん)の評価が低いんだなーと(苦笑い)。


それと宮城谷さんの方では、鄧禹の評価もメッチャ低くてちょっと驚いた(苦笑い)。
個人的には劉縯や鄧禹はもうちょっと高評価というか、
劉縯は運があったら本当に劉秀ではなくこちらが皇帝になってたんじゃないかと思ってるし、
実質的に後漢王朝を建てたのは鄧禹だったんじゃないかなと思ってたりするものですから。


もっとも、そういう「見方の違い」というのがある方がおもしろいし、
同じ題材でいろんな人が書く意味があるだろうからね。

折に触れて言ってますが、わが家は汚宅です(爆)。
よく同じように「汚宅です」と写メをアップしたりしてる人を見ますが、
たいていはわが家の方が汚いです(爆)。


とはいえ、もっと本格的な汚宅と比べると、多少はマシかなとは思います(苦笑い)。
本当にスゴいのは、ゴミで足まで埋まるとか、腰まで埋まるとか、
下手すると天井まで埋まるとか、すごいことになってるからね。
さすがにうちはそこまでではない(苦笑い)。


ですが一般レベルでいえば五十歩百歩。
画像アップしたら、まずたいていの人には引かれる自信があります(爆)。
だからさすがにどうにかしないといけないと常々考えてはいるんですが、
もともと掃除が苦手でキライだからこそこんなになってしまってるわけで、
「苦手なことをがんばる」という、
人間にとって最も困難なことをこなさないと目的は果たせない。
しかもちょっとやそっとがんばったくらいではどうしようもないほどの量ときている。
走るのがキライな人間がフルマラソン走るようなものなので、
もう走る前からウンザリするわけですわ(苦笑い)。


こうなるともう業者に頼むしかないかなーとは思うんですが、それは金がかかる。
プロなら一日でどうにかしてしまえるレベルだとは思うんですが、
それでもそんな余裕はなかなか。
でも最終的にはプロに頼んで
細かいところはキレイにしてもらわないとアカンかもしれないなー。


あとですね、引っ越しもしたいななんて思ってたりします。
じつは今の部屋は10年以上住んでいるんですよね。
ぼくは基本的に腰が重く、動くのが苦手なので、
「動くくらいならこのままでもいいかなー」という考えに陥りがちなのです。
でもさすがにそろそろ空気を変えたいと感じるようになってまして。いろんな意味で。
敷金はもうあきらめてはいるんですが(苦笑い)、
だからといってこのままだとさすがにまずいですから。


で、結局どうしてるかといえば、
嫌にならない程度に少しずつ少しずつやっています(苦笑い)。
どのくらい少しずつかといえば、ゴミ収集日ごとに、
最低でも45Lのゴミ袋を一つ分はゴミを捨てていこうというレベル(苦笑い)。
それではなかなかキレイにはならないけども、
これ以上のペースを自分に求めると、
すぐにやる気がなくなるのが目に見えているからね(苦笑い)。
なにもしないより、ちょっとずつ、ちょっとずつでもやっていけば、
いつかはキレイになるはず。

幸いなことに(?)、うちには家具らしい家具はないため、
ゴミやらなにやらを捨ててしまえば結構スッキリすると思うんですよね。
その意味ではモノに執着心はあまりなく、
その気になればミニマリストもめざせるんじゃなかろうか(笑)。


昔、教科書かそれ以外のところで読んだかは忘れたんですが、
でかい山があって日当たりが悪く、作物が育たない村を舞台にした絵本を、
なぜかよく覚えています。
村人みんなが「あの山さえなければ…」と思いつつ、
どうしようもないとあきらめていたけれど、
一人の子供が袋に山の砂を入れて他の場所に運び始めました。

子供がかつげるくらいの小さな袋だから、
山一つをどうにかするなんてまず不可能。
村人はみんなその子を笑いはじめました。
だけどその子は毎日毎日、何年も何年も、
少しずつでも砂を集めて他の場所に捨てる作業をやめません。
そんな彼に姿に、村人が一人、また一人と協力するようになり、
最後にはモッコなどを使い、全員で本格的に作業をするようになりました。

そして最初に始めた子が大人になって子供もいるほどになった頃、
山の上半分が切り崩され、村にはお日様がサンサンと降り注ぐようになります。
村人は喝采をあげ、村も作物にあふれた豊かな場所になりました、というお話。


タイトルも忘れちゃったんですが、これを心の支えに、
少しずつ袋にゴミを詰めていきたいと思っています(照)。

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