サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

2016年07月

先週「アルスラーン戦記」を観のがして、
録画してるのも観てなかったので確認してなかったんですが、
シャガードの中の人は櫻井孝宏さんだったんだな。
そうなると策士という面や、日5という放送時間帯もあって、
「鉄血のオルフェンズ」のマクギリスも思い出してしまった(笑)。
もっともシャガードは策士としては二流、よくて一.五流というあたりだし、
人間としても器が小さく卑劣だから、マッキーとは一線を画すかな。
ぼくはマッキーはかなり高く評価しているので(笑)。

(「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ 第25話 最終回「鉄華団」感想」http://suntu500.blog.jp/archives/1054713224.html
「クーデリアとマクギリスが組んだら理想的かもしれないな」http://suntu500.blog.jp/archives/1054944371.html )


シャガードはナルサスにやられっぱなしの上、
そのことにこだわったせいで負の連鎖に陥り、
能力も人格もすり減らしていった観があるけど、
元々はナルサスも一目置くほどの男だったわけだし、
決して無能じゃなかったんだろう。
それにナルサスに負け始める前からも、
詐欺師のように無警戒の人間ばかりを相手にしてきたせいで、
力が落ちていたというのもあるんだろうな。
ナルサスも隠遁生活を送っていたけど、
ほんの数年前まで三カ国連合を舌先三寸で撃退したり、
宮廷でアンドラゴラス王たちとやりあってたこともあって、
実戦経験は豊富だ。
隠遁後もいつ狙われるかわからないということで警戒も解いてなかったし、
その意味ではずっと「知力以外では自分より強い相手」と戦い続けていたわけだしね。


アニメ化される場合、原作にはないシーンやセリフを挿入されることも多いけど、
今日の「シャガードが理想を語り、ナルサスがそれに水を差す」という、
二人の学生時代を語るシーンはよかったな。
感傷を感じさせようとするシーンだったんだろうけど、
個人的には「さもありなん」と、その情景が頭に浮かんだりしたもんで(笑)。

ナルサスって学生時代、周りがバカにしか見えず、
しかも10代なら相手に対して容赦もなく論破してこき下ろしたりもして
(20代の今でも結構容赦ないし(笑))、
すんげえやな奴だったんじゃなかろうか(笑)。
たぶん友達もいなかったろうし、
シャガードくらいだったんじゃないかなー、
なんとかナルサスの知力についていけた同級生(?)って。


カットされてた原作のセリフでは、
ファランギースの「わたしのような絶世の美女がふたりとおるとでも思ったか」とか、
ギーヴの「まことに役に立つ男でござる」とかがなくて残念だった(笑)。
ある意味、この二人は似た者同士でお似合いかもしれんのだがなー(笑)。
どちらかが死ななければ、最終的にはうまくいってほしい気もするが、
一生このままでもいいような気もする。
なぜか二人とも年は取らないようなイメージもあるしね(笑)。

ヒデこと中田英寿が現役を引退してもう10年か。
今の中学生くらいだと、もうヒデのことを知識で知ってはいても、
日本代表でのあの圧倒的な存在感を体感してはいないんだよなあ。
当たり前のこととはいえ、やはりさすがにちょっと驚くな、体験した世代としては(笑)。


カタールワールドユース、アトランタオリンピック、フランスワールドカップ、
シドニーオリンピック、日韓ワールドカップ、そしてドイツワールドカップ。
これだけの世界大会のほとんどすべてで絶対的な中心選手として君臨した選手ってのは、
今んとこヒデだけだよなあ。
しかもアジア予選だけでなく、すべて本大会まで進んでるとなればなおのこと。
もちろんヒデだけの力ではないけど、
ヒデの力がなければ絶対行けなかったと断言できるのは、
おそらく当時を知る日本人のほとんど全員じゃなかろうか。


おそらくヒデは突然変異種なんだろうな。
実質的にはまだJリーグ以前の選手なのに、
サッカーの才能だけでなくメンタルでもビジョンでも突出していたし、
ノウハウが蓄積され、様々な指導を受けている今の選手でさえ、
当時のヒデの水準に到達しているのが何人いるか。


個人的に最も「うわ、こいつ本物のバケモンだったんだな」と驚愕したのは
ローマ時代のユベントスとのアウェイ戦だったな。
最終節ひとつ前、首位を走るローマが、
勝ち点2差で追走するユベントスのホームに乗り込んだゲーム。
これでローマが負ければ逆転され自力優勝がなくなってしまうという試合なのに、
ローマは0-2でリードされたまま後半15分が過ぎる。
この状況でヒデが投入されたわけだけど、ここからが圧巻だった。

まずとんでもないミドルシュートを叩き込んで1点差。
さらに後半ロスタイムにもう一度同じようなミドルを打ち、
キーパーが弾いたところをモンテッラが押し込んで同点。
わずか30分で1ゴール・(実質)1アシストを決め、ユベントスの逆転優勝の希望を叩き潰し
(それも天王山で異様な雰囲気のユーベのホームで)、
ローマの優勝を実質的に確定させてしまった。

ローマには同じポジションにトッティという絶対君主(絶対王子?(笑))がいるだけに
出場機会には恵まれなかったけど、
あの30分だけでヒデはあの年の年俸分の仕事をしたと、ぼくは思っています(笑)。


本来だったらあと5年はトップフォームで、
その気になれば現役選手として10年はやってけただろうけど、
ヒデにはヒデにしか見えないビジョンがあるんだろう。
そのビジョンがあったからこそ、あのパフォーマンスだったというのもあるだろうし、
他人が、それも凡人であるぼくらがとやかく言うのは天才に対して失礼だし、
みっともないというものだろうな(苦笑い)。


とはいえ、なぜかいまだに現役復帰したら
当時のようなプレーを見せてくれるんじゃないかと思わせるものがあるのも、
ヒデの恐ろしいところだな(笑)。
その意味でも突出して異質な選手だよ、ほんと(笑)。

受講してるわけじゃないんですが、
気に入った講座があると、たまに放送大学を観ています。
今は夏休みということもあって昔の授業の集中放送もしているようですが、
その中で中国の歴史についての講座があって、喜んで観ています(笑)
(最初の2回見のがした(爆))。


でもアレだ、もちろん知らない知識や、
新しい視点なんかも教えてもらってとてもおもしろいんですが、
中途半端に知識があるせいで、知ってる話が出てくると
「ああ、うん、それね、知ってる知ってる」と脳内にドヤ顔してる自分があらわれて、
とても恥ずかしい気持ちになる(苦笑い)。
それも中国史ファンなら誰でも知ってるようなレベルの知識での話だから、
さらに恥ずかしくなるんですよねー
(サッカーならオフサイド、野球ならゲッツーとかそのレベル(苦笑い))。


そういう自分を抑え込んだり、自分の中で教導したりするためにも、
とても有意義な講座だと思っております(苦笑い)。

今年ぼくはいろいろ事情がありまして、
FC東京サポーターについては開店休業状態のため
(応援はしてるけど試合は観に行っていない)、
いまの東京のサッカーがどういう状態かはよくわかっていないんですよね。
でも記事とかもろもろ読むと、なかなか大変なようで…

外から見ているだけなのでおこがましいかもしれないけれど、
それでもやっぱりこの不調の原因はいろいろ考えてしまい、
その中で今年に関しては、監督だけの話ではなく、
東京というクラブ全体に問題があってのことだとの印象が強いです。
勘違いしてほしくないのは、ミスもあるにしても、
基本的には挑戦が裏目に出てしまったという感じかな。


「監督交代による新しいサッカー」「ACL」「J3」。
今年はこの3つを同時にやっていこうとしていた。
だけど手広くいっぺんにやりすぎて、
一度つまづくと修正できる余裕や余力やノウハウがなく、
そのまま滑り落ちていってしまったような。

この点について、見通しが甘かった部分はあったと思うけど、
個人的には非難する気はほとんどないんですよねえ。


マッシモ監督とは目指すサッカーのすり合わせができないとわかった以上、
そのまま残ってもらうのは一年が無駄になるだけでなく、
チームに悪影響が出かねない
(2年で結果が出せなければ云々は別の話としてね)。

せっかく獲得したACLを放棄するのは論外。

J3への挑戦も、一年待ってもよかったかもしれないが、
参入も今年でなければ難しかったかもしれないし、
なにより試合に出られない若手の一年を棒に振ることになる。
プロサッカー選手の一年は宝石のように大切だからね、
活かせる時間が得られるなら無理しても手に入れてほしいものな。
それに一年早ければ、その分育つ選手も増え、
J1で活躍する選手も現れる可能性は高くなるし、
J3での戦い方を選手やスタッフ、クラブ全体が経験できることになる。


こう考えれば今年、一つでも難事業であるこれらを、
三つ同時にこなさなければならないという理由はあったでしょう。


事実、シーズン前にクラブはこの難事業への対策をしっかりやっていたと思います。
今年の補強の本気っぷりは、J2時代、ルーコン(ルーカス)をはじめ、
J1級の選手をやたら獲得したときと同様か、それ以上のものを感じましたよ。
実際、ACL予備予選では、充分にいい予感を与えてくれた。


だからここからの大誤算が本当に予想外で不運だったろうと思う。
ケガ人が出たり不調の選手が出てきたりするのは、
ある程度想定内だったろうけど、
これほど大量のケガ人が続出したり、
新戦力がこれほど一斉に不調に陥るとは、誰も考えなかったろう(汗)。

特に河大成(ハ・デソン)のいきなりの離脱は致命傷だったかもしれない。
今年は誰が見ても「東京はハ・デソンのチームにする」という目算だったろうけど、
それが土台から崩壊しちゃったんだから。
そんな、一人の選手に頼るようなチームでは話にならないと言われるかもしれないけど、
これはどんな強いチーム、世界的なクラブチームでもありえる話だから
責めるのは酷というものだよ。

それでも「替えの選手」の候補はいた。
梶山陽平くん。
今年はケガもなかったようだし、
個人的にはハ・デソンが出られなくなった時点で
ひそかに期待してたんだが…アカンかったか(泣)。

あとは野澤が急成長してくれて…というのも考えてたが、
これはさすがに無茶が過ぎるかな(苦笑い)。
でも小川みたいな例もあるからねえ…


それと、おそらくJ3も想定以上に難しく負担になったんじゃないかとも思う。
最初にあれだけ勝てなかったのを見て、
ぼくもどこか舐めてたっていうの自覚しています(苦笑い)。
J3のみなさん、すいませんでした(汗)。

難しいというのは勝てないというだけでなく、
どういう立ち位置で戦っていくのかというのもあったと思う。
ぼくが監督だったとしたら、
「もっと簡単に勝てて、その中でいろいろ試して育てていく」みたいな想定でいたと思うから、
これだけ勝てないとなると根本から考えを変えていかなくちゃならない(汗)。

昇格もなければ降格もないんだから、
ぶっちゃけ全戦全敗でもかまわないんだけど、
それはさすがに許されない(汗)。
そのため「勝つ」と「育てる」の比重のバランスが、
ものすごく難しくなったんじゃなかろうか。

安間監督も大変だったろうし、選手もそうだったと思う。
選手は「ホントはJ1出たいのに」「いつまでもこんなところにいねえぞ」という
潜在的な不満や野心もあるでしょうし(そうじゃないといけない部分もあるでしょう)、
監督と違う難しさもあったんじゃなかろうか。
まだ「J3でどういう活躍をすればJ1に出られるのか」
というルール(?)も確立されてないから余計にね。


ここまでのもろもろの事情があっても、
「そこまで考えてチームを作るのが監督だ」と言うのもいると思う。
だけどそれは、あまりに現実を軽視して、理想を信奉しすぎているように思う。
それでは状況を精査もせず、自分ではノウハウはなにも考えず、
「とにかく成績を上げろ!」と部下にすべてを押しつけて無茶を強いる、
ブラック企業の上司と変わらんのじゃないでしょうか。

ついでに言えば、成績を伸ばせず、結果を残せなかったにしても、
部下の人間性に対してまでボロカス言う権利は上司にはない。
それはサポーターが監督に対しても同様だ。
それがわかってないのは「俺ぁ客だぞ!」と店で暴れる勘違いなバカと変わらん。

もう一つついでに。
この「現実」を見て、
早々にチーム作りを放棄して「ガッチリ守ってカウンター」に切り替えてたら、
それはそれで非難されていただろうな。


さて、この事態になったことでわかってるかな、解任要求してた人たちは。
要求通り監督が解任された以上、
次の監督の成績や結果に対して責任が自分たちにまわってきたということが。
「次の監督が誰かわからないし、自分たちは選ぶ立場にないんだからそんなものは負えない。それはフロントの責任だ」
とか言うのなら、それこそ「はぁっ!?」ってなもんですよ。
次の監督が誰になるかわからないなんて最初からわかってる話で、
そのリスクも考えずに解任要求してたとしたら、
それこそ無能と無責任の生きた見本でしかないでしょう。

ついでに言うなら、これで新監督が結果を残したとしても、
それは別に解任要求をしてきた人の力ではない。
サイコロ振ってアタリかハズレのどっちが出るかは単なる運で、能力ではないからね。
ましてハズれたとき、また解任要求をするのであれば、なおさらね。


ぼくらの意見は、相当以上に、想像以上に重い。
スタンドでのブーイングもだし、
ネットが普及してからはさらに影響力は強くなった。
言うだけ言って(しかも匿名で)「俺たちには責任はないよ。悪いのは全部お前らだ」は、
もう許されない時代に入っている。
サッカーに限らないけど、そこは自覚して、自分たちを育てていく必要はあるだろうな。
解任要求だけでなく、その他の意見の言い方も、考え方も、表現方法も、
なにもかも、新しく自分たちで考えて作り出していく。
監督や選手だけじゃないよ、新しいサッカーならぬ、
新しい何かを常に自分たちで生み出していかなければならないのは。


なんにせよ、残念だった…
ぼくも第一次城福政権を覚えている一人だし、
嫌いな監督ではなかったからなあ。
今現在、J1とACLとJ3を、
しかも新就任で同時にこなす経験や力量を持っている監督は、
おそらくいないと思う。
ヨーロッパや南米の経験豊富な監督でも「アジア」ではまた勝手が違うからね。
そのあたりのリスクは当然覚悟の上で引き受けたんだろうけど、
ここまでのケガ人を抱え込んでは飽和状態になってしまうのも仕方ない。
そうフォローされるのも屈辱だろうけど…

第三次政権は、よほどのことがなければさすがにもう本当に難しいでしょう。
その意味では本当にさようならになってしまうかもしれず、
ぼくとしてはこれもまた本当に寂しい。
だけど見る人が見れば、城福監督の力量はまだまだ評価されているはず。
どこかのクラブでまた力を発揮してください。
東京と対戦するときはブーイングするのもいるだろうけど、
そうでないのもいると、そのことだけは覚えておいてくださいね。

短い間でしたが、どうもありがとうございました。
またお会いしましょう。

我が家もPC98シリーズはあったけど、エロゲ専用機だったからなー(苦笑い)。
「きゃんきゃんバニー エクストラ」「同級生」「同級生2」「下級生」は
いまだに至高です(笑)。


でも当時は徐々にパソコンも普及してきて、
小説書くのも手書きじゃ受け付けてもらえなくなると、まことしやかに言われてきました。
実際今現在そうなりつつあるし、
一応ぼくは当時から志望ではあったので蒼くなりましたねー(苦笑い)。
98持っててもマウスばっかでキーボードなんてほとんど触ったこともない。
ましてや文章書くなんて。

そんなわけでワープロ買ったりして、少しずつやっていきましたよ。
二次創作の長編をワープロで書ききったのは、今でも自分を誉めてやりたい(笑)。


でもやっぱり本格的にキーボード使うようになったのは、
ネットが我が家に入ってきたときからだなー。
うちはぼくより親の方がこういうのに手を出すのが早いので(笑)、
西暦2000年、我が家にやってきた初めての本格的パソコンは、
Windows98を搭載したノートパソコンだったな。
電話回線ですよ、もちろん(笑)。

それでとあるサイトにちょいちょい顔を出すようになって、
掲示板に書き込むのにキーボードに毎日触れてるうちに、
当たり前のように打てるようになった(笑)。
習うより慣れろは一つの真理だと、あのとき思ったですよ(笑)。


それ以来、キーボードに触らない日はほとんどなく、
打ち込むスピードも結構なものになった。
もっと速い人はいくらでもいるだろうけど、
ちょくちょく「文叔さん速いですねえ」と言われるから
「普通の人間が毎日やってたら到達できる速度」には達しているんだろうと思う。
今では明らかに手書きの方が遅いだろう(苦笑い)。


でも今はさらに
キーボードにほとんど触れずにネットやってる世代も生まれてきているようで、
「キーボードなくなったらどうしよう」という恐怖感をおぼえはじめています(笑)。
もっとも完全に消え去るにはまだまだ時間がかかるだろうし、
仮に消えてなくなったとしても、そのときは新しいやり方に順応してると思う。
どう考えても手書き→キーボードへの移行の方がハードル高かったはずだからね(笑)。
その意味では気楽ではあるし、
何事も経験しておくのは悪くないなと感じてもいます(笑)。

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