サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

2017年12月

今年最後の日記の題材がコレというのもアレかもしれませんが(笑)、
でも個人的にはこういうのを考えるのも楽しいし、
自分の感じ方や考え方を確認できたり、
ある種の方向性みたいなものが見えていいなと感じてもいるのです。


年収が毎年一億円以上あったら、
とりあえずは金銭でまかなえる願望・欲望を満たそうと思っています(笑)。
とはいえぼくはあまり物欲はないので
(高い外国車とか高い時計とかそんなに欲しいとは思わない)、
どちらかといえば旅に出てみたいな。
それも豪華客船とかで(笑)。
これは年収とは関係なく、一度は乗ってみたいと常々思っています。


その上で行きたいところとなると、これはたくさんある。
中国、ギリシア、ローマ、ベルギー、北欧、モルディブ、エトセトラ。
歴史に関わる場所で行きたいところだけでなく、ベタなリゾートも好きなのです(照)。
水上バンガローにはぜひ一度泊まってしまいたい(笑)。


ちなみにベルギーをパッと思いついて書いたのは、
ワーテルローの古戦場を観てみたいっていうのがあるもので(照)。
「ワーテルローの戦い」はナポレオンの最後の戦いで、
これに負けて彼は完全に歴史の表舞台から姿を消しました。
「ナポレオン戦争」で言うならトラファルガーも観てみたいが、
あそこって観られるものなのかな?(笑)


あとは日常でスーパー銭湯に毎日通ったり、
健康にも気をつけてヘルシーなものを食べさせてくれるおいしいレストランにたまに行ったり、
おいしい紅茶をのんびり飲める喫茶店を発掘したり、
こういう場所に気楽に行ける車を用意したり
(足がわりにキビキビ走る小さな車と、ある程度の長距離をラクにこなせる車があると完璧)、
起きたいときに起きて、寝たいときに寝て、完全マイペースで過ごせれば言うことなしです。


でもこれらのことって、たぶん一億円の半分でも充分というか多すぎるくらいだと思う(苦笑い)。
しかもある程度こなしたら、それで満足してさらにお金はそれほど必要なくなってしまう(苦笑い)。
そうなったら見返りなしでいろんなところに投資するのもいいだろうな。
寄付というと個人的には何か上からっぽくて抵抗があるし、
どこか「出したら溶けてそれで終わり」というイメージがあるので、
「目に見える見返りをほとんど期待しない投資」というのが考え方としては一番いい。


たとえば、二つの崖があるとします。
こちらの崖とあちら崖の間にある幅は10mや20m程度で、
ほんのちょっとなのに簡単にはどうしても越えられないもどかしい距離。
こちらにいる人があちらに行ければ、もっとたくさんのことができる。もっと幸せになれる。
あるいは失敗するかもしれないけど、でも挑戦するだけの価値はある。その意欲も腐らせたくない。
それならその崖と崖の間に橋を架けてあげたいと思うじゃないですか。


何かの本で「収入の九割を寄付して生きていけたらすばらしいね」みたいなことが書かれていました。
ぼくもそう思います。
といって、べつに聖人や、あるいは偽善者になろうっていうんじゃないです。
一億円あったら九割寄付しても一千万残って、
これだけで充分をはるかに越える収入で、ちっとも聖人っぽくない(笑)。
善人でも悪人でもなく、偽善者でも聖人でもなく、
単にお金に本来の生き方をさせてあげられる人間になりたいというのかな。


お金って美女と似たところがある気がしています。
誰もが愛し、誰もが欲してるのに、嫌われ、悪し様に罵られもする。
特に手に入れた誰かが彼女に溺れることで堕落・破滅したり、
彼女を手に入れようと悪行をおこなうと、いきなり悪女扱いされ、ボロクソに言われる。
美女はただそこにいるだけで、本人からは何もしていないのにね。
彼女を得た人間の器量が小さいせいで、そして彼女を得られない人間の偏見のせいで。


そういう彼女を、彼女のままでいさせてあげて、彼女のままで幸福に生きさせてあげる。
そんな風になりたい、なれるような余裕・器量が欲しい。
そういうところかな。


何度も言いますが、別に格好をつけてるわけじゃないです。
余裕ある悠々自適な生活ができるだけの金銭はしっかり確保したいと思ってるんですから(笑)。
それがおそらくぼく本来の器量で、それを越えた分は他の人に役立てたい。
そのくらいの感じです。
こういう生活や金銭、あと二年くらいで手に入れたいところですね(笑)。

日記もずいぶん間が空いてしまい、
年末にこれだとさすがにあれだろうと何か書こうと思いましたが、
つい浮かんだのがキタナイ話(苦笑い)。
そんなわけで今日は、食事時でないか、
その手の話でも大丈夫な方だけお願いします(笑)。



冬場になって便秘気味になっています(爆)。
固くなってしまうんですよね(苦笑い)。
前はそんなでもなかったはずなんですが、腸の蠕動力が落ちてきているのかもしれない。
そして思いのほかコレはキツいため(場合によっては一時間以上トイレで奮闘する(爆))、
ネットで調べてちょっと対策をしています。


食物繊維を摂るといいのはぼくも知ってたんですが、
硬水を飲むのも効果的というのははじめて知りました。
コントレックスというミネラルウォーターが有名で、
ありがたいことに近くのスーパーに置いてあったため、さっそく買って飲んでみています。
軟水に比べて飲みにくい味ですが、そこはある程度ガマンして。


あとなるべく水分を摂る。
これは硬水うんぬんだけでなく、冬場は夏に比べて水を飲むこと自体が減るため、
固くなりがちなんですよね(苦笑い)。
そんなわけで一日中、意識して少しずつ水を飲むようにしています。
一気に飲んでも吸収しきれないし、下手すればお腹を壊してしまいますから。


それらの効果もあって、ここしばらくはなんとかなっています(笑)。
夏場に比べればとどこおりがちですが、それでも奮闘や苦労はせずにすみ、
それだけでも大変ありがたい(笑)。
とりあえず春が来るまではこれを続けたいと思っています。

お姉さんの美穂さんとのツーショットが話題になっている中山忍さん。
ぼくの中では「忍ちゃん」呼びが一番しっくりきますが、
それもアイドル時代の彼女のメッチャファンだったもので(照)。


ぼくの中で最も熱く応援したアイドルはおニャン子クラブでしたが、
「単体」で誰が好きとなれば断然忍ちゃんでした。
好きというか「好み」のど真ん中ストレート160キロ。
いや、アウトロー、インローギリギリ、
どうやっても手が出ない針の穴を通すようなコースに160キロをぶち込まれたような感じかなあ。
打てるコースでも打てないボールを、絶対に打てないコースに投げ込まれ、
手も足も出ずピッチャーを賞賛するしかないような。
喩えがわかりにくいかもだが、要するにそういうこと(苦笑い)。


顔立ちとか理想以上で、グラビアとかずっとボーッと見てても飽きなかったね(笑)。
CD、写真集なんかは全部買ったし、コンサートやイベントにも行ったな。
そういう「ファン活動」をした最後のアイドルでもありました。


忍ちゃんといえば「楽天使(らくてんし)」もはずせない。
今日という時期的にも(笑)。
中山忍ちゃん、田山真美子ちゃん、河田純子ちゃんと、
1989年、レコード会社・CBSソニー(当時)に所属する三人のアイドルが組んだクリスマス時期の期間限定企画ユニットだったけど、ガチ好きでした(照)。
天使の衣装とか今だと笑われちゃうかもしれないが、
ぼく(ら)の中では何の違和感もなかったな。
イベント行き損ねちゃったのが痛恨だったんだけど、
それでもビデオもCDもムック本も全部買ったしなあ。


楽天使はもともと忍ちゃん目当てだったけど、
真美ちゃんと純ちゃんもこれでファンになり、CDとか写真集とかずいぶん買った(照)。
中でも純ちゃんは「終わらない時間(とき)」っていう歌がものすごく素敵で、
特に原宿で撮影されたPVが絶品で、
収録されてるレーザーディスク(!)も買っちゃったくらいでした(照)。


そういえばムック本にはイベントの打ち上げの様子もあったけど、
忍ちゃんが挨拶するとき「楽天使1号です」と自称してウケを取り、
真美ちゃんと純ちゃんも「2号です」「3号です」と乗ってたのもおもしろかった(笑)。
年齢(学年)的に上から忍ちゃん、真美ちゃん、純ちゃんと、
ちょうど「年子」で並んでたのが1~3号の理由らしい(笑)。


楽天使は好評だったようで、次の年のクリスマス時期には同じCBSソニーで、
楽天使の三人にLip'sと宍戸留美ちゃんを加えた七人で「七つ星」って企画限定ユニットをやってたな。
「リボン結びのWAKU WAKU」のPVは「みんなのうた」でも放送されててちょっと驚いた(笑)。


当時はアイドル冬の時代なんて言われてたけど、逆にいえば群雄割拠、
いろんなアイドルが林立していたということで、それはそれで楽しかった。
彼女たちがアイドルとしてテレビに出なくなってきた頃、
ぼくのアイドルファン熱も急速に冷め、
ハロプロが出てくる頃には完全に鎮火していたためこれ以降の娘たちはまったくですが、
それだけに彼女たちの印象や思い出が鮮烈に残っています。


アイドル後の忍ちゃん、忍さんは、主に2時間サスペンスでよく見かけるようになり、
「普通のドラマは観ないけど2時間サスペンスは結構好き」というぼくにとってはありがたかった(笑)。
そして船越さんはうらやましかった(笑)
(「刑事吉永誠一 涙の事件簿」シリーズの忍さんは船越英二さんの奥さん役だったからね)。


クリスマスらしいことはしないイヴだけど、
久しぶりにちょっと楽天使の「天使たちのシンフォニー」でも観てみるかな。
それはそれでクリスマスらしいかどうかはわからんが、
天使を見るのは悪い話じゃないからな(笑)。




先週15日に発売になった「アルスラーン戦記」最終巻、ようやく読み終えました。
このあとはネタバレも入ります。




いやー、終わったねえ。
最初に買ったのが角川文庫から出てる頃で、
ちょうど7巻(第一部最終巻・表紙は双刀将軍キシュワード)の発売時期だったな。
そんなわけでぼくは田中芳樹ファンとしてもアルスラーン読者としても「乗り遅れた新参者」だったんですが(笑)、
それでもつきあいは25年以上、30年近くになるわけだ。
最終巻までつきあってきたこと自体が感無量をおぼえる要素になるよ。


しかしまあ最終巻も賛否両論うずまくだろう内容だったな(笑)。
特に「否」は今ごろネット内をすごい勢いで駆けめぐってるだろうけど、
その辺はやりたい人たちに任せておこう。
ぼくはぼくとして感じたことのみを。


まずはとにかく死んだねえ(苦笑い)。
二部が再開して十六翼将がそろったところからザラーヴァントを皮切りに、
毎巻毎巻、主要キャラが二、三人以上死にまくってきたから最終巻でも相当死ぬだろうなと覚悟はしてたんですが、
まさか実質全員死亡とは(笑)。
もともと「皆殺しの田中」と呼ばれるほど主要キャラを殺してくる人だったけど、
「アルスラーン戦記」は現時点でチャンピオンだな(笑)。


もっとも最終章を読むと、死なせていくのも納得する部分はあります。
ただ、一冊で死なせるにはさすがに数が多かった(苦笑い)。
内容も含めて7冊(巻)くらいに分けていければよかったかもしれない。
だけどそれだと「あ、こりゃ全員殺す気だな」と途中でバレる可能性もあったし、
最終巻で一気にまくっていくしかなかったとも言えるか。


あるいは田中先生も本来はそのくらいに分けて書くつもりだったけど、
還暦も過ぎられたそうで、作家としての体力が落ちて書ききれないと判断し、
とにかくゴールまで一気に走りきったということかもしれないな。
「だからさっさと書いておけばよかったんだ」という人は、
創作と生産が似て非なるものだと、相変わらずわかっていないんだろうな。
「がんばりゃ書ける」というのが真理なら、世の中の創作者にとってどれほど救いか。
まあおれも、田中先生が書けなくて書かなかったのか、単になまけていたのか、
どっちが正解かは知らないけれども(笑)。


あと田中先生に個人的にちょっと尋ねてみたいと思うのは、
30年前の連載開始時点のプロットと、どこがどう変わったかというところかな。
もしかしたらこの「ゴール」は最初から想定していたものかもしれない。
だとするとそれはそれで恐ろしいが(笑)。
特に20年前の読者(おれ含む)が知ったら総毛立つわ(笑)。


その他の部分でもけっこう変わっているんじゃないかとも思う。
特に蛇王ザッハークや魔族の正体。
まさか錬金術≒科学の力で生み出されたとはなあ。
でも最初からこの設定だったとは、やっぱりちょっと考えにくい。
というのもすごく昔のインタビューで「アルスラーンは魔道とか出てきてファンタジー色が強い分『マヴァール年代記』は完全にそういうものを排した」ということを田中先生がおっしゃってた記憶があるので(「マヴァール年代記」は中世ハンガリーに似た架空国家をモデルにした戦記もの)。
蛇王や宝剣ルクナバートが「科学」の力で生み出されたとしたら、
アルスラーンもファンタジーじゃなくなっちゃうからね。
もっとも、錬金術も半分は魔法みたいなものだし、その他の要素もいろいろ入ってるようだから、
半ファンタジーというところなのかな。


だがルクナバートが蛇王の「制御装置」「停止装置」と考えると、
いろいろ残念なところはあるな(苦笑い)。
作中、ルクナバートには英雄王カイ・ホスローの魂が宿っており、
その魂が呼応し、認めた相手だけが宝剣を鞘から抜けるとされてきた。
アルスラーンがデヴァマント山でルクナバートを英雄王の魂から賜り、
ダリューンたちがひざまずいて「我らが国王(シャーオ)よ…」と感銘に打ち震える場面は「アルスラーン戦記」屈指の名シーンだと思ってます。
だけどルクナバートが「装置」だとすると単に自分と相性のいい相手を機械的に選んだだけという可能性が出てきてしまう(苦笑い)。
まあ選択理由が「心正しく勇気ある人」みたいなもので、
いにしえの錬金術はそういう人を見抜く術を手に入れていた、と考えればそんなに落胆もしないけど(苦笑い)。


あと錬金術なる単語が出てきたこと自体が、
つい最近設定を変えた可能性があるなーと感じてもいて。
アルスラーンの世界から数百年、数千年後、
エドとかアルとかいう兄弟錬金術師が現れる可能性があるんじゃないかと(笑)。


マヴァール年代記といえば、
アルスラーンとザッハークとの最後の一騎討ちもマヴァールと似たところがあったな。
互いの軍隊もほとんど壊滅し、夕陽の沈みゆく中、
最後は一対一の決闘によって王位を争ったカルマーンとヴェンツェル。
アルスラーンとザッハークでは立場も関係もまったく違うけど、
シチュエーションとしては酷似しているし、結果も同じだったからね。


で、実はこの「全員死亡」は、
これまでの流れから無自覚ながらぼくの予想の中にあったように思います。
だけどアルスラーンたちが死に、
パルスが実質的に滅亡してからの「その後」がわずかながらも描かれたことは完全に予想の外でした。
そして個人的には、この部分だけで満足が得られている気がしてる。


シンドゥラでのエラムたちの人生や、
解放王の後継者であるロスタムらのこれからの戦いを想像するのも楽しく、
そしてアルスラーンたちのそれからの旅を夢想するのも楽しい。
あれもちょっと「銀河英雄伝説」の「ヴァルハラ征服」というミッターマイヤーの妄想を思い出しもするが(笑)、
アルスラーンの場合、征服はありえないからな。


王位に就いて旅もままならなかったアルスラーン。
それが死して王位を捨てたことにより、
十六人の頼りになりすぎる忠臣たちとともに大陸全土を旅して回れるようになったとすれば、
それは心から喜ばしくてたまらない。
その旅はのんびりとした諸国漫遊のつもりだけど、
クセのありすぎる臣下たちが旅先で何かとトラブルを起こしたり、
あるいは諸外国で腐敗した権力者や悪漢たちに虐げられている民を助けて大立ち回りを演じる、
水戸の御老公様チックなものになるかもしれない(笑)。
実際あの十六人がいれば、国の一つや二つくらい簡単に乗っ取れる力はあるからなあ(笑)。
そういうお話もおもしろそうだし(笑)。


アルスラーンの世界での死は、
別のよく似たパラレルワールドに生まれ変わるというものであればそれもありえるし、
そうであっても何も悪いことはない。
そして「どこまでもお随伴(とも)いたします」というエラムの台詞は、
ルクナバートを手に入れたアルスラーンに告げたものと同じで、それもまた感慨深いです。


それにしても「暗黒時代」「大空位時代」かあ。
これまで田中芳樹先生のシリーズ長編で完結してきたのは「銀河英雄伝説」「マヴァール年代記」「夏の魔術シリーズ」「タイタニア」そして「アルスラーン戦記」。
「夏の魔術」はちょっと毛色が違うから置いておくとして、
前半二つと後半二つはラストの傾向があきらかに違うな。
「銀英伝」や「マヴァール」は主要人物が死んでも、その後の世界は分裂することなく統一が続いて、
ひとまずは「めでたしめでたし」で終われてるが、
「タイタニア」と「アルスラーン」は統一王朝が崩壊して終わっている。
このあたりは30年の歳月の中で、田中先生も心境の変化があったのかもしれないな。
そもそも30年前の自分なんて、感じ方も考え方もほとんど他人だからな(苦笑い)。
変わらぬ部分も当然あるが、変わった部分も当然あるに決まってる。
むしろ無い方がおかしいし怖いわ(苦笑い)。


それに「暗黒時代」「大空位時代」は、
当事者としては不幸もいいところの悲惨な境遇だけど、
後世の無責任な人間にとっては最高におもしろい時代でもあるからね。
なぜならこういう時代は別名「乱世」「戦国時代」とも言うから(苦笑い)。
この時代の物語を描くのも、きっと絶対おもしろい。


それにしても「アルスラーン」の世界の大空位時代はスケールがデカいなあ。
「タイタニア」のそれは宇宙全体だからさらにデカいけど(苦笑い)、
「アルスラーン」の世界も主観的には負けてない。
ルシタニア、マルヤム、ミスル、トゥラーン、チュルク、そしてパルスの六カ国がグチャグチャの戦国時代に突入したって、
現実世界で当てはめると、インドからエジプト、東ヨーロッパ近辺あたりまで、
ユーラシア大陸の中西部からアフリカ大陸の一部を含めた広範囲がグッチャグチャになったってことだからね。
おれなら逃げ出す、絶対(笑)。


さて、とにかくこれでおれの中でも一つの旅が終わった。
ここまで長くつきあっている継続中の作品は、
田中先生以外だと「ファイブスター物語」くらいのもので、
田中先生関係でも「アルスラーン戦記」は最長の部類に入る。
なにしろ未完のまま終わると思ってたので、
ゴールまでつれてきてくれたこと自体が驚きであり感謝でもあるよ(笑)。
本当にありがとうございました。
途中で放り出さないでよかった(笑)。放り出せるわけもないんだけど(笑)。


それにつけてもこうして不特定多数の人に感想を発表できるようになるなんて、
30年前には考えもしなかったよ(苦笑い)。


さ、あとは「創竜伝」ですね、先生!(笑)
ああ、「灼熱の竜騎兵」も忘れてないですよ、ぼくは(笑)。
他の人にちょっと譲っちゃいましたが「自転地球儀シリーズ」も書かれても構いませんですし、
なぜかコミカライズもされてる「七都市物語」でも全然オッケーですから(笑)。



本業というわけではないけどメインの収入がちょっといろいろ難しくなってきて、
そろそろさすがに副業について真剣に考えないとという気分になってます。
とはいえ無理をするならメインの方をもうちょっと無理すればいいだけ。
そういうのはひずみが出てくると感じてるからこその副業なわけだから、
もう少しいろいろ考えたり調べたりしないと。


でも特別な資格とか実績とかがあるわけじゃないから、
クラウドソーシングを調べてみても割に合わないのばかりだ。
もうちょっと視野を広げ、思い込みを排して、
まったく違う視点から考えたり調べたりしてみるのもいいだろうな。


ちなみにぼくは自分の本業を「文章書き」だと思っていますので(笑)。
そこは絶対はずしません(笑)。

このページのトップヘ