サクラと紅茶

日常のことを書いていきます。 ただしFC東京のことが多めかもしれません(笑)。 試合当日や次の日は特に多いかもしれません(笑)。 物書き志望でもあります。 第2回富士見ラノベ文芸賞 一次選考通過

タグ:カードキャプターさくら

実質的なシリーズ最終話「カードキャプターさくら 封印されたカード」の映画が
リバイバル上映されるそうな。
このご時世に映画館でリバイバルというのもすごいな、とも思うけど、
ルパンのカリオストロも上映されてるし、そういうのが流行りつつあるのかもしれない。
悪い話じゃないです。
映画は映画館で観るために作られてるから、それが一番魅力を体感できるもの。


で、「封印されたカード」、ぼくも当たり前のように本上映(?)を観に行ってますが(笑)、
これはラストシーンが一番印象に残ってるんですよねえ。


ぼくはさくらをはじめ、あの作品に出てくる子供たちに罪悪感を持ってます。
昔の日記でもちょいちょい書きましたが、要するにみんないい子すぎる。
これはCLAMP作品の子供全般に言えることだけど、本当にいい子ばかりなんですよねー。
そのいい子さが「大人にとって都合の良いいい子」に感じられて、
当時すでにいい大人だった人間としては、
そんな風に後ろめたさを覚えたりもしてたのです(苦笑い)。


特にさくらはこれでもかってほどいい子。
ちょっと悪い子の部分でも夏休みの宿題をため込んでしまう程度のものだけど、
これだってむしろ「このくらいの方が子供らしくていい」という、
スイカに塩をかけて甘みを強めるような、
より「都合の良いいい子」を感じるための要素とも取れてしまう。


たまにケロちゃんや小狼が「それはダメだ!」と全力で止めても我を通すときはあるけど、
それだってほとんどすべてが他の人のため。
TVシリーズでさくらが自分自身のためにワガママを通すシーンって
ぼくの中では記憶にないんですよね。


それが映画のラストシーン。
あのときだけは小狼が「危ないからやめろ」と止めたのを、
自分のために「ヤダ!」って笑顔でワガママを通したのを見て、
すごくうれしくてホッとしたんですよ。
「ああ、さくらにもようやく自分のためにワガママを言える相手ができたんだな」って。
なにしろ彼女は、友達はもちろん親や兄弟にすら、
ケンカはしても自分のワガママ言わないから。


じつは映画の内容ほとんど忘れてるんですが(照)、
でもあのラストシーンだけはとてもよく覚えています。
あそこだけ、また観たい気がするな。

新作も作られるらしい「カードキャプターさくら」。
当時、多数の大きなお友達に道を踏みはずさせた作品として有名で(笑)、ぼくも観てました。
ただ個人的には、おもしろかったけどそこまでのめり込みはしなかったというのが正直なところです。


理由の一つは、CLAMP先生の作品はあまり肌にあわないということ(苦笑い)。
べつにおもしろくないわけじゃない。というかもちろんおもしろい。
なんだかんだで「CLAMP学園探偵団」とか「レイアース」も観てたし、
「さくら」だって映画まで観に行ったし(笑)。
ただ、なぜだかわからんが、
他の人がのめり込むほどには入り込めなかったんですよねえ。
これは好みや感性の範疇だから、
単にぼくに合わないというだけの話で良し悪しではないし、
ましてCLAMP先生がダメってことでは全然ないです。


理由の第二は、後ろめたさ。
「カードキャプターさくら」に出てくるキャラクターは全員いい人!(笑)
特に子供がメッチャいい子ばかりだ。
中でも桜はほとんど理想の子供といっていいくらいかもしれない。
だけどぼくはそこにちょっと後ろめたさを感じてたんですよ。


当時のぼくは、すでに友人の中には幼稚園に通う子供がいてもおかしくないくらいの大きなお友達でした(苦笑い)。
その視点からすると、
桜は「大人にとって理想の子供」という印象がどうしても拭えなかったんです。
自慢じゃないですが、ぼくはあんないい子じゃありませんでした。
というか、あそこまでいい子をやれてた人なんてまずいないでしょう。


それだけに、あまりに桜を手放しに礼賛してしまうのは、
現実の子供たちの個性や人格を否定しまうような恐れが、
心の片隅にあったんです。
それがぼくのような独り者ならまだしも、親の立場にいる人がやってたら、
子供たちに相当のプレッシャーになってしまうんじゃないかなあと。
親に好かれようと、認められようと、一所懸命「いい子」をやろうとして、
心を病んだまま大人になってしまった人は数多いる。
それが桜レベルの「いい子」をやろうと思ったら、
そりゃ相当無理をしないといけない。
フィクションなんだからそこまで考えなくてもいいんでしょうけども、
どうしても考えちゃったんですよね(苦笑い)。


ただ、最近のさくら再ブームを見てたら、ちょっと考えが変わってきました。
今の再ブームに最も反応しているのは、
どうやら20代、30代あたりの人たちのようで、
だとすると当時お子さんだった人たちだ。
つまり当のお子さんたち自身はそんなプレッシャーみたいなことは感じず、
桜のことが普通に自然に好きだったんだなと、今さらながら知りまして。


考えてみればもともと「さくら」は「なかよし」連載のお子さんへ向けての作品で、
大きなお友達が異端なんだから、彼らに人気がなければ続いたわけがない(苦笑い)。
子供たちにとっても桜は「ああはなれないにしても、ああなりたい」という印象で、
決して親から押しつけられるだけの「理想のいい子」ではなかったということだったのかもしれない。
ぼくはちょっと、大きなお友達視点で考えすぎていたようでした(苦笑い)。


再アニメ化、おそらく桜の中の人は「セーラームーンcrystal」同様、丹下桜さんそのまんまだろう。
じゃないとさすがに当時の大きなお友達も小さなお友達も納得しないだろうしね(笑)。
ただ他のキャラはいろいろ変わってくるかなあ。
特に利佳ちゃんは変わらざるを得ないし…
でもこのご時世、当時でも相当ギリギリだった利佳ちゃんと寺田先生、出てこないかもしれないなあ(苦笑い)。

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